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 ”この剣を岩から引き出した者は、ブリテンの王たるべき者である―――”

 魔術師は語る。
 それを手にしたが最後、人間ではなくなるのだと。
 その言葉に、少女は頷くだけで返した。
 そんな覚悟は、生まれた時から抱いていた。
 王になるという事は、人ではなくなるという事。
 それを恐れなかったわけではない。
 毎夜それを思い、朝になるまで震え続けた。
 手にすればあらゆる人間に恨まれ、惨たらしい死を迎えるとも言った。
 恐れなかった筈がない。
 だがそれでも、
「―――多くの人が笑っていました。それはきっと、間違いではないと思います」
 そう。
 少女はただ、みんなを守りたかった。
 剣は当然のように引き抜かれ、

 ―――その瞬間、彼女は人ではなくなった。

 カムランの戦い。
 かつて自身が従えていた騎士を斬り伏せ、自身が守ってきた土地に攻め入った。
 かろうじて自分に付き従ってくれた騎士たちも散り、自身の体も、傷ついて動かなかった。
 周囲には誰もいない。
 この結末は知っていた。
 だから後悔などしていない。
 無念があるとしたら、荒れ果てた国の姿だけだった。
 選定の剣は、選ぶべき王を間違えたのではないか。
 本当に選ばれるべき英雄は他にいたのではないのか。
 その人物ならば、平和な国を長く築けたのではないか―――
 だから聖杯を求めた。
 王の選定をやり直すために。


 一人の少年がいた。彼女のマスターとなった少年。
 全てを救いたいと夢想する、正義の味方を目指した少年。
 10を救うため、自らを切り捨てる異常者。

”―――その道が。今までの自分が、間違ってなかったって信じている”

 過去の傷を抉り取られ、自己の闇を見せつけられ、なお―――彼はそう言いきった。

 ”―――置き去りにしてきた物の為にも、自分を曲げる事なんて出来ない”

 自分が踏みつけてきたもの全てに頭を下げて、それでも、彼は道を曲げないと言い切った。
 どんなに苦しい過去でも。
 それは、やり直す事などできないのだと。
 痛みと重さを抱えて進む事が、失われたモノを残すという事だと。
 そう、彼に教えられた。
 そうして、彼女は解き放たれた。


「―――すまないなベティヴィエール。今度の眠りは、少し、永く―――」
 若き騎士に見守られ、彼女は永き眠りにつく。
 永き戦いは今終わった。
 剣を置き、しばしの安息を。
 仮初の夢の後、彼女の新しい日々が始まるだろう。
 それは彼女の見た夢の続き。
 王としてではなく、一人の少女として見る夢。




 瞬間的に爆発したエーテルが幽体であるこの身に肉体を与えた。
 最初に視界に入ったのは倒れている人影と、それに放たれる槍の穂先。
 それを反射的に撃ち弾き、槍を放った人物へと踏み込む。
「―――本気か、七人目のサーヴァントだと・・・・・・!?」
 弾かれた槍を構える男。それに剣を水平に叩きつける。
 二度火花が散る。
 剣の一撃を受けて、青い装束を身に着けた男はたららを踏む。
「く―――!」
 不利と悟ったのか、男は獣の俊敏さで土蔵の外へ飛び出る。
 外にいる男へと意識は向けたまま、自分を呼び出したであろう影へと振り返る。
 銀色の月光が、倒れたままこちらを見上げる影を照らしあげる。
 そこには胸を血で染めた、かつて自分が愛した少年がいた。
「―――問おう。貴方が、私のマスターか」
 一瞬の間は、気を抜くと泣き出しそうな自分を抑えるための時間。
 ありえぬはずの邂逅に、心は歓喜で満ち溢れる。
「え・・・・・・マス・・・・・・ター・・・・・・?」
 全く事情を理解できていないのだろう。彼は問われた言葉を口にするだけ。
 こちらの内面を悟られる事がなくてほっとする。
 まあ、彼にはこの時そんな余裕などなかったのだろうが。
「―――っ」
 唐突に彼が左手を押さえる。
 見ると、その甲には令呪が浮かび上がっていた。
 彼が私のマスターとなった証が。
「―――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。―――――ここに、契約は完了した」
 かつて彼と交わした契約の文をなぞる。
 それは、再び会う事が出来たことの確認。
 この再会が幻でないことの確認だった。
「な、契約って、なんの―――――!?」
 その問いに今答えることは出来ない。
 土蔵の外に見えるは、真紅の槍をもった青い騎士。
 土蔵から飛び出す私に、ランサーは無言で襲い掛かる。
 その槍を払いのけ、続く次撃を弾き返し、ランサーへと迫る。
「チィ―――――!」
 憎々しげに舌打ちをこぼし、ランサーは僅かに後退する。
 手にした槍を縦に構え、脇腹を薙ぐ一撃を防ぐ。

 ドゴォォッ!

 剣と槍から出た音とは思えない剣戟。
 剣から放出した魔力は槍と接触した瞬間、膨大な破壊の意思を開放する。
「卑怯者め、自らの武器を隠すとは何事か・・・・・・!」
 間合いを掴ませない不可視の剣。
 それを打ち下ろし、薙ぎ払い、切り上げる。
 槍と剣の間で火花が散り、ランサーは後方へとはじけ飛ぶ。
「テメェ・・・・・・!」
 追撃する。
 離れてしまえばそれは槍の間合い。
 反撃の機会を与えてはならない。
「チ―――――」
 剣舞をさらに続ける。
 ランサーの技量はやはり高い。
 不可視の剣をこちらの腕や足運びを頼りに確実に防いでくる。
 「ふ―――――っ!」
 だがそれもここまで。
 守りに入ったのであれば、斬り伏せるのではなく叩き伏せるのみ。
 ランサーへと深く踏み込み、渾身の一撃を打ち下ろす。
「調子に乗るな、たわけ―――!」
 ランサーが後ろへと跳ぶ。

 ゴウン!

 獣そのものの動きに、必殺を狙った一撃は空を切り、地面を砕き、土塊を巻き上げる。
「ハ―――!」
 ランサーは一瞬で剣の間合いから逃れると、それと同時に地を蹴って跳躍する。
 渾身の一撃を外され隙を晒した私に許されるのは、真紅の槍に心臓を貫かれるという未来だけ。
 このままであれば。
 体を反転させ、体ごと剣を薙ぎ払う。
 頭上から心の臓を狙うランサーへと。

 ギィン!

「ぐっ――――!!」
「―――――――」
 心臓を狙う槍は剣に防がれ、ランサーを両断する剣は槍によって防がれた。
 間合いが大きく離れる。
 互いに無言。
 必殺を狙った一撃を防ぎ、防がれたのだ。
 間をとるのは当たり前だろう。
「―――どうしたランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら、私が行くが」
「・・・・・・は、わざわざ死にに来るか。それは構わんが、その前に一つだけ訊かせろ。貴様の宝具―――それは剣か?」
 あの時と同じ問いかけ。
 それに微笑を浮かべ、前回と同じ答えを返す。
「―――さあどうかな。戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓という事もあるかも知れんぞ、ランサー?」
「く、ぬかせ剣使いセイバー
 それがおかしかったのか。
 ランサーは槍を僅かに下げる。
 戦う意思を放棄したかのように見える仕草。
 だがその槍は、どのような体勢であろうとも必殺の一撃を放つ。
 必ず心臓を貫く魔槍、それが彼の宝具。
「・・・・・・ついでにもう一つ訊くがな。お互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」
 これも同じ問いかけ。
 彼はこれを本気で言っているのだろう。
 僅かに言葉を交わしただけだが、彼が騙まし討ちをするような男ではないことはわかっていた。
「悪い話じゃないだろう? そら、あそこで惚けているオマエのマスターは使い物にならんし、オレのマスターとて姿をさらせねえ大腑抜けときた。ここはお互い、万全の状態になるまで勝負を持ち越した方が好ましいんだが―――」
 私は視線をランサーから外さずに、気配だけでそれを確認する。
 大方、私が心配になって出てきたのだろう。実に彼らしいと言える。
「―――いいだろう。確かに私にとっても、このような状況で決着を付けるのは本意ではない。次の機会まで勝負は預けよう」
 ここでランサーと交戦を続ければ、負けはしないでも傷を負う。
 槍の呪いは傷の治癒を阻む。ここで傷を負えば後々まで響くことになる。
 この後の戦いを考えればそれは避けたいことだった。
「お? 話が分かるじゃねえか。じゃ、とりあえず帰らしてもらうわ。マスターがうるさいんでな」
 そう言うと彼はこちらに背を向けて歩き出す。
「―――次は全力でやる。それまでは生き残ってくれよ」
 そう言い残し、ランサーは獣の俊敏さで堀を飛び越えて消えていく。
「さて・・・」
 ランサーの気配が遠ざかっていくのを確認し、こちらに近づいてくる影へと体を向ける。
「紹介が遅れましたね。サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上しました」
「っえ?」
 ぽかん、と口を開けて固まる。
 状況について行けていないのだろう。
 あの日の彼もこんな感じだったか。
「・・・・・・俺は士郎。衛宮士郎っていって、この家の人間だ」
「セイバーです。そう呼んでください」
「痛っ・・・・・・!」 
突然、彼が左手を押さえる。
 その左手には、彼と私が契約を結んだ証、令呪がしっかりと刻まれていた。
「それは令呪と呼ばれるものですマスター。私たちサーヴァントを律する三回限りの命令権であり、マスターとしての命でもあります。無闇な使用は避けるように」
「マスター・・・? 令呪・・・?」
「――――」
 その問いに答える時間はないようだ。
 堀の外に気配が二つ。恐らくはサーヴァントとそのマスターだろう。
「―――それには後で答えましょう。外に二人の気配があります。マスターはここで待っていてください」
「いや待てって。俺はマスターなんて名前じゃないぞ」
「ではシロウと。ええ、私としては、この発音の方が好ましい」
「っ・・・・・・・・・!」
 そう言うと耳まで赤くなった。
 前回もそうだったが、何故そこまで恥ずかしがるのだろう。
 軽く問い詰めたい気持ちになったが、それは後でもいい。
 赤くなって固まっているシロウを置き去りにし、堀を飛び越えて外に出る。
 そこには彼女と、皮肉屋の弓兵がいるはずだった。




 空気を切り、そのサーヴァントは堀を飛び越え舞い降りた。
 月夜に映し出される影。
 それは小柄な体に無骨な鎧を纏った少女。
 金糸のような髪が月光を反射し、神秘的な輝きを放つ。
 それに目を奪われた。
 ―――セイバー・・・
 あの日からその姿は、色褪せる事なく心に残っていた。
 忘れるはずも無い。
 鞘が剣の事を忘れるなど、どうしてありえようか。
 駆け寄り、抱きしめたい衝動に駆られる。
 が、それを理性が押しとどめる。
 彼女にとって今の私は鞘ではなく弓兵なのだから。
「凛、下がれ!」
 そう言いながら凛の前へと身を置く。手には刀を顕現させ、セイバーの攻撃へ備える。
 懐古に打ち震えていたのは瞬きするほどの間だったが、それは間違いなく致命的な隙であったはずだ。
 その隙を見逃す彼女ではない。だが、セイバーは動かなかった。
「先ほど出て行ったのはランサー―――ならば君はセイバーと言ったところか。他に接近戦でランサーを圧倒する者などバーサーカーぐらいだが、君は狂っているようには見えぬしな」
「―――如何にも。そういう貴方はアーチャーでしょう。気配がキャスターやアサシンのそれではないし、ライダーとも思えない」
「さて、それに答える義理など無いと思わないかね? 相手が何であろうと敵であれば打倒するのが我々の役割だ。その間柄に、クラスなどさしたる意味を持つまい」
「そうですね。確かに些末な問題です」
 言ってセイバーは剣を構える。
 それに、凛が後ろで緊張するのがわかる。
 さて、どうしたものか。
 できれば彼女と敵対したくはない。が、状況はそれを許してはくれないようだ。
「やれやれ。戦いに来たわけではないのだがな」
 このままでは戦闘は必至だろう。それを止められるのは、この場にいない第三者の出現しかありえまい。
 例えばセイバーの後ろ、門から出てきた少年であるとか。
「止めろ、セイバーーーーーー!!!」
 言って駆け寄ってくる。
 それにセイバーは視線だけを向けて答える。
「シロウ。今は交戦中です。危険ですので下がっていてください」
「交戦中って・・・何だってそんなことしてるんだ!?」
 こちらの存在を無視して会話を始めるセイバーとそのマスターである少年。いや、少なくともセイバーはこちらを意識してはいるので完全な無視とは言えないが、それでも間が抜けている。
 セイバーは少年の問いに答えようとしているが、どうにも要領を得ていない。困ったように言い淀んでいる。
 そこへ、
「―――ふうん。つまりそういうコトなワケね、素人のマスターさん?」
 丁寧でありながら刺々しい声で、凛が少年に話しかけた。
 私の体を押しのけて前に出る。そして極上の笑顔を少年に向けていた。それは以上ないというくらいのイイ笑顔だ。
「遠坂、凛―――」
 呆けたように少年は凛の名を口にする。
「え? なに、私のこと知ってるんだ。なんだ、なら話は早いわよね。とりあえず今晩は、衛宮くん」
「あ―――――え?」
 どうにも状況が理解できていない様子を体全体で表現する少年。相変わらず呆けた顔をして、呆然と凛を見ている。
「―――ふむ。凛、どうにも彼は状況が飲み込めていないようだ。セイバーのマスターであることは間違いないようだが・・・・・・正規のマスターではないのではないのかね? それならばこういった反応も頷ける」
 見ていられないので助け舟を出すことにした。
 私の仮説を聞いてとりあえずの納得がいったのか、凛は頷くと私を振り返る。
「アーチャー、悪いけどしばらく霊体になっててもらえる? わたし、ちょっと頭にきたから」
「それは構わないが・・・・・・頭にきたとは、どういう意味だ」
「言葉通りよ。腹いせに現状を思い知らせてやらないと気が済まなくなったの。貴方がいたらセイバーだって剣を納められないでしょ」
「・・・ふう、また難儀な事を。まあ君らしいと言えばそれまでだが。了解した、しばらくは消えていよう」
 言って霊体化し、凛の背後につく。こうなっては幾ら言っても彼女は意見を曲げることはしまい。
 凛は衛宮士郎を軽く言い負かすと、置き去りにしてさっさと衛宮邸の門をくぐっていく。
 さて、後は凛にまかせるとしよう。




 夜の町を歩く。
 時刻は既に深夜の一時過ぎ。この時間になると外に出ている人影など皆無だ。
 家々の明かりもなく、街灯だけが寝静まった町を照らしている。
 今俺たちは新都の教会へと向かっている。それは俺が巻き込まれた聖杯戦争とやらの詳細を聞くためだ。
 それを聞いて、参加するかどうかを決めろということらしい。
「あれ? どっちに行くのよ衛宮くん。そっち、道が違うんじゃない?」
「橋に出ればいいんだろ。ならこっちのが近道だ」
 遠坂たちと肩を並べて歩くのは少し抵抗があったので、早足に横道に入る。
 セイバーの格好は目立つからどうにかしようと思ったが、霊体化して人に見られないように出来るとの事だったのでそのままになっている。
 それなら最初から霊体化しとけばいいのではとも思ったが、そうするといざという時に対処できないと拒否されたのである。そうするとアーチャー――遠坂のサーヴァント――もセイバーが霊体化しないのであればと、やはり実体化して遠坂の後ろについている。
 彼女らはいつの間にか仲良くなったようで、色々と会話を交わしていた。―――アーチャーは特には会話に参加していないようだが。
「ふーん、じゃあセイバーは常時魔力の提供が無くとも、とりあえずは現界できるわけか」
「ええ。それには魔力の消費を抑える必要がありますが」
「なら契約を切っても、一部のサーヴァントは半恒久的に現界できるってこと?」
「いえ、契約が無いということは、聖杯からの供給も断たれるということです。魔力が満足な状態であっても、私ならもって1日。アーチャーのような単独行動のスキルを持っていても3日は持たないでしょう」
「なるほど。サーヴァントの維持にも、聖杯のバックアップがかかっているってわけね・・・」
 女の子同士だというのにその会話は何の色気もないものなのは何故なのだろうか。
 ふと、自分たちが奇妙な集団である事に気づく。
 俺と遠坂だけならまだしも、金髪美少女のセイバーに白髪長身のアーチャーは明らかに目立つ。それだけならまだしも、セイバーは鎧を、アーチャーは赤い外衣を纏っているのである。
 もし人に見つかったら即座に通報されそうな出で立ちである。そんな事実に若干へこみながら教会を目指す。
 橋を渡ると、遠坂は郊外へと案内しだした。なだらかに続く坂道を上っていくと、丘の斜面に建てられた外人墓地が目に入ってくる。
「この上が教会よ。衛宮くんも一度ぐらいは行った事があるんじゃない?」
「いや、ない。あそこが孤児院だったって事ぐらいは知ってるけど」
「そう、なら今日が初めてか。じゃ、少し気を引き締めた方がいいわ。あそこの神父は一筋縄じゃいかないから」
 遠坂は先立って坂を上っていく。
 高台の教会。今まで寄りつきもしなかった神の家に、こんな目的で足を運ぶ事になろうとは。
「シロウ、私はここに残ります」
 教会に着くとセイバーそんな事を言ってきた。
 理由を訊こうと思ったが、セイバーの表情に押しとどめられる。
 セイバーは彼女が初めて見せる険しい表情で教会を見つめていた。
「では私も残ろう。教会ならば敵に襲われる事もあるまい。付近の監視でもしておくとしよう」
「ん、お願い。行くわよ衛宮くん」
「ああ。それじゃ行ってくる」
 セイバーの見せた険しい表情が気になったが、なにも今聞く必要はないだろう。遠坂に続いて教会へと向かう。
「誰であろうと気を許さないように、シロウ」
 その声を背に、俺と遠坂は礼拝堂へと入っていった。




 シロウが教会へと入っていくのを見届けて、私はする事も無く広場に立ち尽くす。
 不安が無いわけではない。が、危険では無いこともわかっている。それだけに複雑だった。
 広場にじっとたたずむ。私以外には赤い外衣を纏った弓兵がいるだけ。
 そういえば彼は何故ここに残ったのだろうか。
 監視の為だと本人は言っていたが、前回は凛について教会に入った。ならば何故今回はそうではないのか。
「? 私の顔に何かついてでもいるかね?」
「いえ、別に・・・」
 いつの間にかまじまじとアーチャーの顔を見ていたようだ。
 アーチャーは一瞬、疑惑の眼差しを私に向けると、再び監視の責務に戻る。
 そういえば前回は彼と話をする機会があまりなかった。シロウたちが出てくるのは当分先なのだから、これを機会に話をするのも良いだろう。
「貴方は聖杯に何を望むのです?」
 そう思い問いかける。
 私から話しかけたのが意外だったのか、彼は目を丸くして驚いている。
「何故そんなことを気にするのだね? 知ってどうにかなるものとも思えんが」
 だが、それも僅かな時間。すぐに皮肉屋の顔になるとそう切り返してくる。
「純粋な好奇心です。話したくないのであればそれで構いません」
「・・・ふむ。話す義理はないが、まあ退屈しのぎにはなるか」
 辺りの監視を中止し、アーチャーはこちらへと向き直る。
「私が聖杯を求めるのはマスターがそう望むからだ。私自身は聖杯などどうでもいい。くれるというのであれば貰うが、さして欲しいものではないしな」
「・・・・・・願いなど持っていないと?」
「いや、私にも叶えたい願いくらい存在するさ。だが、それは聖杯を使って叶える類のものではない。自らの力で掴み取ってこその望みだ。それを叶えるのに聖杯など余分なだけだ」
 なるほど。実にあのアーチャーらしい答えといえる。彼は皮肉屋だが忠義者でもあった。それこそ、私たちを逃がすために命を捨てるほどの。
「―――そういう君は何を望むのだね? まさか私に訊くだけ訊いておいて自分は話さないなどという事はあるまいね」
 アーチャーが私に尋ねかけてくる。アーチャーの言い分はもっともなのだが、その口調では話す気も削がれる。刺々しい態度になるのは私が狭量だからだろうか。
「―――私も聖杯に望みはありません。ただ、シロウの剣となると誓った。この戦いに臨む理由はそれだけです」
「・・・・・・君は騎士なのだな。それも上等な。君ならばこの聖杯戦争も勝ち残れよう。マスターがあの男でなければ・・・な。―――まったく、あの男には過ぎたサーヴァントだ」
「―――マスターを愚弄するか」
 彼が皮肉屋なのは分かってはいたが、それでもその言葉は容認しがたいものだった。自然、声に怒気が籠る。
「いや、そのつもりはなかったが・・・ふむ。気に障ったのならば謝ろう」
 そう言うと彼は再び監視へと戻った。
 会話が途切れる。自然、広場にも静寂が戻ってきた。
 シロウたちが出てくるまでまだ時間がある。
 なんともなしに、私は空を見上げた。
 曇天の静かな夜空に、月が雲から顔を出し静かな光を放っていた。