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 ―――見た事もない景色だった。

 頭上にはどこまでも蒼く澄んだ空。視線を下げれば朝焼けで紅く染まった丘。
 そこはいったいどのような場所なのか、足元には無数の剣が突き立っていた。剣は一部の例外もなく抜き身。鍛え抜かれた鋼がその姿を晒していた。
 丘の上に目を向けると、一振りだけ柄が無い剣があった。―――いや、あれは剣ではない。鞘だ。
 剣と対を成し、剣を守護する半身。
 それだけが、丘の上に突き立っていた。

 ―――それを、とても綺麗だと彼は思った。




 どうやら衛宮士郎が起きたようだ。屋根の上にいてもうるさいと感じれるほどに、驚愕の色が混じった悲鳴が聞こえてくる。まあ、目が覚めた時に目の前に凛とセイバーが並んでいる事を考えれば、衛宮士郎の反応は必然といえるだろうが。
 少しだけ同情し、周囲の監視を中止して階下へと降りる。今頃は部屋で説教でもしているのだろう。何しろ敵方のマスターを庇い、あまつさえそれで重症を負ったとあっては・・・な。
 それを計算に入れてアレ、、を使っただけに、少しだけ悪いことをしたなと思う。だが、運が悪かったと諦めてもらおう。あの場ではあの方法が最善だったのだから。
 まあ、お茶とお茶請けくらいは用意してやってもいいだろう。説教の後は両者ともに疲れるものだ。お茶でも飲めば落ち着いて話も出来よう。


「じゃあ率直に訊くけど。衛宮くん、貴方これからどうするつもり?」
 衛宮士郎に昨日の話を聞かせた上で、凛はそう切り出した。
「・・・・・・正直、判らない。聖杯を競い合うって言うけど、魔術師同士の戦いなんてした事がない。第一、俺は聖杯なんていうモノに興味がないんだ。欲しくないモノに命を張る事はできない」
「言うと思った。でもね、それをサーヴァントが許すと思う? サーヴァントの目的も聖杯なのよ。彼らは聖杯を手に入れる、という条件だからこそ人間マスターの召喚に応じているの」
「・・・凛、それは少し違う。我々に召喚に応じるなどという意思決定権は存在しない」
「ちょっと黙っててくれる・・・・・・って、違うの!?」
 凛が少しばかり大げさに驚く。一緒に行動を共にして初めてわかったが、彼女は思い込みが少しばかり強すぎる。
 自分がこうだと考えたら、それはそういうものなのだと決め付けてしまうのだ。それが大体において正しいため、その癖を直すこともできない。それで、時々こういった下手を打つのだが。
「―――サーヴァントとは呼び出される者、、、、、、、だ。英霊とは全て自らの意思ではなく、他者の意思によって呼び出される。元々英霊という物に意思などない。召喚者は己の目的の為に召喚した英霊を使役する。―――そこに英霊の人格や意思などがあっては邪魔なだけだろう」
「・・・・・・なら、何故サーヴァントには意思があるのかしら。英霊に意思がないのなら、貴方がそうやって話をする事もないと思うのだけど」
「この聖杯戦争が特別なのだ。この英霊を召喚して使役するというこの町の戦争が・・・な。原理も理屈も知らんが、恐らくは聖杯の力によるのだろう。だれが作り上げたのか知らんが、よくできた儀式システムだ。英霊を役割クラス という殻に入れることで、短い期間であるにせよ本体と同位の存在にするのだからな。だからこそ現世に呼び出された英霊サーヴァント は聖杯を求める。かつての執念、かつての無念があるのならなおさら・・・な。聖杯を得れば叶わなかった無念も晴らせるだろうし、短い時間だが、人間として世界に留まれるのだからな」
 なるほど、と凛が頷く。
 衛宮士郎も軽い驚きの表情でこちらを見つめている。・・・私が博識なのがそんなに意外か。
「だからこそサーヴァントは自らのマスターに従って、時には自分の意思で行動し他のマスター、サーヴァントを消しにかかる。自分以外の参加者は容認できないだろうからな」
 セイバーが後に続ける。
「つまり、マスター本人に戦う意思がないのだとしても戦いを避けることはできない、ということです。サーヴァントに襲われたマスターは、自らが召喚したサーヴァントをもってこれを撃退する。それがこの度行われている聖杯戦争です」
「――――――」
 セイバーの言葉に衛宮士郎は言葉を失う。自分が参加することになった戦争もののことがようやく理解できたらしい。
「さて、話が横道に逸れてしまったな、本筋に戻そう。それで衛宮士郎よ、君は一体どうするのかね?」
「―――え?」
 話についていけていないのだろう。間の抜けた声を上げてこちらへと顔を向ける。
「これからの事よ。聖杯戦争には参加するんでしょ? なら、この後どう行動するかってことよ」
「いや、何も考えてなかったけど・・・」
 その答えに、凛がはあ、とため息をつく。
「―――それについては提案があるのですが・・・」
「何? 言ってみてよ」
 それでは、と前置きしてセイバーが語りだす。
「凛とシロウで同盟を結んではどうでしょうか?」
『同盟?』
 衛宮士郎と凛が同時に訊き返す。
「・・・昨日のバーサーカーは強力です。白兵戦ならば最強といってもよいでしょう。私も負ける気はありませんが、それでも苦戦を強いられる。そこで凛たちと聖杯戦争締結まで同盟を結んでは、と考えたのですが」
「―――確かにアレは強力だわ。でもねセイバー。私はね、私とアーチャーの二人でも十分だと考えているわ。貴女がいれば確かに負担は減るでしょうけど、結局最後には戦うことになる。それなら最初から組まない方がいいわ。情が移ったりしたら大変だしね」
 確かに凛ならばそうなりかねないだろう。凛は魔術師であろうとしているが、どこか魔術師になりきれないところがある。彼女の言う心の贅肉とやらが多すぎるのだ。それで余計な苦労を背負ってしまうわけだが―――
 しかしそんな彼女だからこそ私は救われ、そしてよき友となりえたのだろう。
「どうして戦うことになるんだ? 昨日も言ったけど、俺は遠坂と戦う気なんてないぞ」
「あのね・・・あんたは聖杯はいらないんでしょうけど、セイバーもそうとは限らないでしょうが。サーヴァントは聖杯を求めるって言ったでしょ。それはセイバーだって例外じゃあないはずよ。聖杯は一つしかないんだから、最後まで残ったら互いに潰し合う以外ないじゃないの」
「ああ、そのことなら無用な心配です」
「・・・・・・どういう事よ?」
「―――私は聖杯を欲してはいませんから」
 凛の目が点になった。なかなか貴重な光景だな、コレは。生半なことでは見られる物ではないぞ。セイバーの言葉は確かに意外なものだろうがな。見てみれば衛宮士郎も驚いた眼差しでセイバーを見つめている。
 聖杯とは即ち願望機だ。手にした者のあらゆる願いを叶えるという神の血を受けた杯。この聖杯戦争で得られるものはレプリカのようなものだが、力そのものは本来の聖杯になんら遜色するところはない。大抵の願いは叶えてのけるだろう。英霊を使役するサーヴァントのシステムがその証拠だ。
 ―――まあ、この聖杯はとうに歪んでしまっているのだがな。
 それを知っているのは今はセイバーとあの神父、そしてイリヤぐらいだろう。ゆえに聖杯を望まないという自体は、普通の魔術師からしてみれば到底理解できない事に違いない。
「ど、どういうことよ。セイバーは叶えたい願いなんてないっていうの?」
「願いはあります。ですが、聖杯に叶えてもらおうとは思いません。―――それに、私の願いは聖杯でも叶えることはできないでしょうから」
 どこか寂しそうにセイバーは微笑む。
「シロウも聖杯を欲してはいないようですから、私たちが勝ち残ればそのまま凛が聖杯を手にすればいい。そうすれば問題はないでしょう?」
 セイバーの言葉に唖然とする凛。あまりにも都合がよすぎる状況に頭がついていっていないのだろう。セイバーがこちらを騙して、後ろから斬るのではないかとまで考えているかもしれない。
「―――確かにそれなら問題はないけど、それでも信用できるというものでもないわ。貴女が嘘をつくようには見えないけど、主観だけで判断したら痛い目に合うのはこっちだからね」
 実際に考えていたらしい。その考えをもつのは当たり前なのだが、それではこちらが困る。できる限りセイバーとは敵対したくないからな。たとえセイバーが私がそう、、であると知らなくても。
「それでも破格な同盟だと思うがね。私としては受けてもいいとは思うが・・・」
「本気? いつ敵に回るかわからないのに」
「本気だ。実際、バーサーカーと正面から戦うのは私一人では厳しいだろうし、セイバーが味方につくのであればこれほど心強いことはない。・・・それに、もし敵に回ったとしても君と私が組んで遅れをとると思うかね?」
 私の言葉に凛が考え込む。魔術師としての凛は同盟を拒否することを支持しているのだろう。だが凛個人としては同盟を受け入れることを支持している。その狭間で凛は悩む。
「・・・・・・わかったわ。でも、完全に信頼したわけじゃない。拠点は一つの方が望ましいでしょうけど、寝込みを襲われたりしたらたまったものじゃないしね。普段は別々に行動して、戦闘の時にだけ共闘する。それでもいいなら同盟を結びましょう」
「はい、私はそれで結構です。シロウもそれでいいでしょうか?」
「・・・え? ・・・あ、うん。正直、そうして貰えるとすごく助かる」
「決まりね。アーチャーもそれでいいわね?」
「問題ない。同盟を結んだからといって拠点を同じくするのは確かに危険だろうからな。戦闘の時だけの同盟で十分だろう」
 その方がこちらとしても都合がいい。拠点を同じくすると必然的にセイバーと共にいる時間が長くなる。私がボロをだして正体に感づかれてしまうのは少々まずい。目的、、を果たすまでは正体を悟られるわけにはいかないからな。
「それじゃあ私たちは帰るわね。後のことはセイバーと相談して決めなさい」
 凛はスッと立ち上がると足早に出口へと歩いていく。
 私としてはもう少し久方ぶりに飲む日本茶を味わいたかったのだが、凛があれではしょうがない。未練がましく日本茶を見やると、霊体化して凛へと追従する。
「さて、これからどうするね、凛。まさかこのまま家路につくわけではあるまい」
「―――ええ、もう一度新都に行くわよ。ランサーのマスターも探しておきたいし、他のマスターも潜伏してる可能性もあるしね」
「了解した。せいぜい探すとしよう」
 セイバーたちと敵対せずにすむ事になったが、やる事はまだまだたくさんある。新都の巡回の間に作業を済ませておくこととしよう。




 遠坂たちが去っていくと居間は途端に静かになった。そこでらしくもなく緊張してしまう。
 思えば女の子と二人っきりという状況は初めてだ。家にも桜や藤ねえがいるが、桜は妹のようなものだし藤ねえにいたっては女の子ですらない。・・・まあ、桜が最近急に女性らしくなってきて困ってはいるのだが。
 セイバーはこちらをジッっと見つめている。顔を上げたら目が合ってしまったので気恥ずかしい感じがする。それでも、いつまでもこうしているわけにもいかないだろう。それに幾つか訊いておきたいこともあるし。
「セイバー」
「はい、なんでしょうかシロウ」
「―――英霊が召喚されたのがサーヴァントなんだろ。なら―――“セイバー”っていうのは呼称であって本当の名前じゃないよな」
「ええ、セイバーというのは聖杯戦争における私の役割クラスを表すものです。シロウのような個人を示す名称ではありません」
「クラス・・・・・・? その、剣士セイバーとか弓兵アーチャーとか?」
「そうです。アーチャーも言っていましたが、聖杯は予め用意した七つの役割に該当する能力を持った英霊を、あらゆる時代から招き寄せる。そうして役割クラスという殻を被ったモノが、サーヴァントと呼ばれるのです」
「七つの役割・・・・・・って事は、セイバーやアーチャー以外に五人のサーヴァントがいるんだな」
「その通りです。昨日遭遇したランサーとバーサーカーの他に、ライダー、キャスター、アサシンのサーヴァントが存在します」
「・・・・・・なるほど。じゃあセイバーは剣に優れた英霊だから、セイバーとして呼ばれたって事か」
 だいたい理解できてきた。
 サーヴァントにはそれぞれ得意な分野があり、白兵戦に優れた者もいれば、権謀術数に優れた者もいる。サーヴァントを狙わずに、直接マスターを葬る暗殺者アサシンまで存在する。
 なにも正面から来ると決まっているわけじゃあないわけだ。
「そういうことです。単純な戦力差だけで楽観はできません。加えて、私たちには“宝具”と呼ばれる特別な武具があります。どのようなサーヴァントであれ、英霊である以上は必殺の機会を持っているのです」
「宝具―――?」
 あまり聞き慣れない単語だ。というより初めて聞いた。
 まあ、なんとなく意味は判るんだけど。
「英雄とは、それ単体で英雄とは呼ばれません。中には例外もいるでしょうが、普通は聖剣、魔剣の類をシンボルとして所持しています。北欧の神オーディーンのグングニル等が有名でしょうか。英雄とその武装は一つなのです。サーヴァントたちの切り札であり、私たちが最も警戒すべき物です」
 なるほど。
 宝具とは、その英霊が生前に愛用していた武具の事なのだ。セイバーにっとてはあの視えない剣、ランサーにはあの紅い槍。そしてアーチャーには弓があるのだろう。
 だが、生前の相棒を持っているからといってそれが一体なんの脅威になり得るのだろうか。
「確かに宝具それ自体はただ他より優れているだけの武器でしょう。宝具の真価は別にあるのです。―――宝具とは、ある意味ではカタチになった神秘なのです。魔力を込め、その真名を口にする事によって初めて伝説上の力を発現させるのです」

 ―――伝説上の力。

 投げ放たれれば五条の光に別れ、それぞれが別の敵を討ったとされる、光神ルーの貫くものブリューナク

 一振りしかできない代わりに、その一振りで山をも断つと謳われる、中国の破山剣。

 一太刀で全てを倒すという、ケルトの英雄ダーマットの持つ大怒モラルタ

 ―――その伝説上でしかないはずの奇跡を、現実に引き起こすというのか。

「ですが、これにも危険はあります。宝具の真名を口にすれば、そのサーヴァントの正体が判ってしまう。使うときは必殺を確信した時です」
「英雄と武具はセットだもんな。正体がばれたら弱点も判ってしまうだろうし・・・」
 こくん、とセイバーが頷く。
 不発に終われば魔力を無駄に消費するだけでなく自分の正体も知れる。それは自分の欠点を知られることになるだろう。
 有名な英雄はそれこそ自殺行為といえる。
「シロウ、真名についてお願いがあるのですが・・・」
「え? お願いって、どんな」
「私の真名の事です。本来、召喚された際にそれを教えておくべきなのですが、シロウは魔術師としてまだ未熟です。優れた魔術師ならその思考を読むこともできるでしょう。ですから、私の真名は訊かないで欲しいのです」
 そういうことか。確かに俺は未熟者だから、催眠でも暗示でもあっさりかかってしまうだろう。そうしたらセイバーの真名が敵のマスターに知られることになる。
「わかった。セイバーの真名は訊かない、それでいいか?」
「はい・・・・・・真名を明かせず申し訳ありません」
 セイバーが心底すまなさそうに顔を落ち込ませる。
 別にセイバーは正しい事をしたと思うのだが、それでも思うところはあるのだろう。
「いや、気にしなくていい。俺が未熟者なのが悪いんだからな。・・・・・・さて、昼飯にしようか。もうすぐ正午だし、朝飯食ってないから腹が減っちまった。セイバーも食うだろ?」
「―――! はい、是非に!」
 何故かとても嬉しそうなセイバー。よっぽどお腹が減ってたんだな〜。
 じゃあ期待に添えるとしようか。




 ―――不自然な闇を抜ける。

 人気の耐えた深夜。月明かりに照らされていながら一寸先も見えぬ通路を抜け、その室内に踏み入る。

「――――――」

 息を飲む。
 そこは、新都のある建物の一室。
 収容されている従業員は五十人ほどだろうか。そのほとんどが男性で、その全てが、糸の切れた人形のように散乱している。
 ギリッと歯を食いしばる。
 闇で視界を閉ざされていた事が、幾分は救いになった。直視していたら、見っとも無く吐いていたかもしれない。それほどに酷い光景だった。
 腐乱した空気は、草の薫りが煙となって室内に満ちている為だろう。倒れている人影が腐っているようには見えない。
「―――なんの香だろう、これ。アーチャー、貴方判る?」
 ドアを開け、窓を開けながら背後に控えている己がサーヴァントに問う。
「魔女の軟膏だろう。セリ科の、愛を破壊するというヤツかな」
「・・・・・・ドクニンジン? なに、魔力喰いだけじゃ飽き足らず、男を不能にして愉しんでいるってワケ、この惨状の仕掛け人は」
「だとすると相手は女かな。いや、なんの恨みがあるか知らんが、サーヴァントになってまで八つ当たりするとは根が深い。あまり関わりたくは無いものだ」
「能書きはいいから窓を開けて。・・・・・・倒れてる連中は―――まだ息があるか。この分だと、今から連絡するのも朝になって発見されるのも変わらない・・・か。用が済んだら手早く離れるわよ、アーチャー」
 一面の窓を開け放ち空気を入れ替える。特別状態の悪い人間に手当てを施し、不浄な空気が溜まった室内を後にする。
「・・・・・・チ。服、クリーニングに出さないと」
 くん、とコートに匂いを嗅ぐ。
 特別触れたワケではないが、室内に溜まっていた匂いが移っていた。―――それは、錆びた鉄の匂い。
 密室となっていた空間。その床にという床に溜まっていた、五十人もの人間の吐き出したおびただ しいまでの血の匂い。
 アーチャーが実体化して背後に立つ。
「それで? やはり流れは柳洞寺か?」
「・・・・・・そうね。奪われた精気はみんな山に流れていってる。新都で起きてる昏睡事件はほぼ柳洞寺にいるマスターの仕業でしょうね。けど、こんなの人間の手にあまる。可能だとしたら、キャスターのサーヴァントだけでしょうね」
「柳洞寺に巣くう魔女か。―――となると、昨夜は失態を演じたかな」
「失態・・・・・・? バーサーカーと引き分けた事? アレは最善だったと思うけど」
「どうだろうな。キャスターがそれほど広範囲は網を張っているのなら、昨夜の戦いも盗み見ていたことだろう。にも関わらずバーサーカーは倒せず、ただ一方的に手の内を晒してしまった。悪かったとは思わないが、最善だったとも言い切れん」
 皮肉げに語るアーチャー。だが私はそうは思わない。
 手の内を晒した?
 
 ―――否、アーチャーは、その手の内など晒してはいない、、、、、、、

 昨夜。
 アーチャーの放った“矢”がバーサーカーを止めたのは紛れも無い事実だ。
 だがその正体―――あれほどに強力な“宝具”の正体を、この私でさえ知り得ていなかったのだ。
「―――凛」
 ・・・・・・いや、原理だけならば私にも判る。
 ようするにアレはただの爆弾だ。

 ―――否、アレはそんな次元レベルのモノじゃない。

 アーチャーはこともあろうに、自身を英雄たらしめる相棒を惜しげもなく炸裂させたのだ。
 “宝具”という火薬のつまった爆弾を、敵の前で破裂させた。
 それがどれほど破格であるかは言うまでもないだろう。
 最強の幻想である宝具を使用した、ただ一度きりの魔力の炸裂だった。

 ―――壊れた幻想ブロークン・ファンタズム

 それが赤い騎士が持つ、必殺の宝具の名称。

「―――凛」
 ・・・・・・だが、それはあまりにも不可解だ。
 サーヴァントが持つ宝具はただ一つであり、生前共に在り続けた半身だ。それを惜しげもなく破壊する事が、はたしてどの英霊にできるというのか。
 破壊された宝具の修復は容易い事ではない。自らの宝具を破壊するなど、サーヴァントにとっては自殺行為に等しいだろう。
「―――凛」
 つまりアーチャーは、あの時、未だ倒すべき敵が六人いるという状況で、自ら最強の武器を放棄したということ。いや、なにより自身を英雄たらしめた宝具を自分から破壊するなど、他のサーヴァントが知れば卒倒ものだろう。
「―――凛」
 それよりもさらに不可解な事もある。
 アーチャーがアレを放った先にいたのはバーサーカーだけではない。セイバーも回避不能な状態で存在したはずだ。直撃ではないとはいえ、余波だけでも相当なもののはず。実際、イリヤスフィールを庇った士郎も深手を負っていた。

 ―――それにもかかわらず、セイバーは全くの無傷、、、、、、でそこにいた。

 あれはいったいどういうことなのか。
 セイバーがアレに耐えられないという事はないだろう。強大な自己治癒能力があるのも聞いてはいる。
 だが、あれほどの破壊を受けてその影響を全く見せないのは明らかにおかしい。
 あれではまるで、あの破壊がセイバーにだけなかった、、、、、、、、、、、かのようではないか―――

「―――凛!」
「っ! え、なに? ごめん、聞いてなかった」
「・・・・・・今夜はこれからどうすると訊いたのだ。昨夜はアレの看病で寝ていないだろうし、先ほどの戦闘で疲れているだろう。大事をとって戻らないかとな」
「――――――」
 アーチャーの言葉に、自然と拳を握る。
 先ほどの戦闘。
 通路に夥しく蠢いていた骨作りの雑魚ゴーレムたち。
 その全てを、私は一人で破壊した。
 アーチャーの助けなど必要なかったし、何より―――魔術師としてのルールを破り、こうして第三者を巻き込んでいる『敵』に怒りがあったのだ。
 だから破壊した。
 ・・・・・・その骨の材料がつい先日まで生きていた誰かだとしても、一切の情はかけなかった。
 代償として、必死に吐き気を耐えながら戦ったために唇を噛み切ってしまっただけ。
「―――キャスターを追うわ。気配はまだ残っているんでしょう。柳洞寺に逃げられる前に片をつける」
「―――喧嘩を売らなければ気が済まない・・・か。実に君らしい」
「・・・・・・行くわよ、アーチャー。今から追えば最低でも尻尾くらいは掴めるだろうしね」