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 ――――――夢を見る。

 それは、そいつの思い出だった。
 少なくとも自分の物ではない。

 これは他人の物語だ。
 思い出す事ができないほど遠い昔の、だが決して忘れなかった古い記憶。
 色褪せることなく、全てを思いに刻んだそいつの思い出。

 そいつは、何が欲しかった訳でもなかった。
 ただ笑顔が見たかっただけなのだろう。
 普通に生きて、普通に笑って。そうやって暮らしている周りの人が好きだったのだ。

 理由としては、ただそれだけ。
 それだけの理由で、そいつは、目に見える全ての人を助けようとした。

 それは不器用で、見ていてハラハラするほど。
 けれど最後にはきちんと成し遂げて、そうやって多くの人たちの笑顔を守っていたのだと思う。
 控えめに言っても、それは幸福だったのだろう。

 そいつは決して自分を見ようとはしなかったが、それでも幸せだったのだと思う。
 たくさんの笑顔の中には、そいつの顔もちゃんとあったのだから。
 そいつは自分の器も、世界の広さも弁えている。
 救えるもの、そうでないものを受け入れている。
 だからこそ、目に見えるものだけは笑顔でいて欲しかった。

 それを偽善と蔑む者も多かったけど。
 それでも、理想を追い続けたその姿は胸を張っていいものだった。

 辿り着いたのは剣の丘。
 朝焼けが大地を紅く染める鋼の丘で、そいつの戦いは終わりを告げた。
 そこで、そいつは満足げに笑っていた。
 最後まで理想を踏み外さずに在れたのなら、悔いる事など何もないと。
 笑顔を守り通せたのだからそれでいいと。

 それでも、そいつは英雄と呼ばれるにふさわしい行いをしながらも、結局死んでからも英雄とは呼ばれなかった。

 ある騎士の物語である。




 ・・・・・・夢・・・か。
 夢なんてここ最近見ることなんてなかったのに。
 どうしてあんな夢を見たんだろう。
 ・・・・・・ま、考えても仕方がないか。
 ベッドから起き上がり、寝巻きから制服へと着替える。冬木の冬が暖かいといっても、朝はやはり気温が低い。部屋の空気に肌が触れると、ひんやりとした感触に体が震える。

 身だしなみを整えて居間へ下りると、そこには何故か朝食が用意されていた。犯人は勿論アーチャーだ。椅子に座って、優雅に紅茶まで楽しんでいた。
「起きたか。では朝食にするといい」
「・・・・・・朝は食べない主義だって言ったと思うんだけど」
「聞いている。だがやはり朝は食べた方がいい。昼と夜だけでは一日の活動に支障をきたすし、なにより健康に悪い。一日三食、しっかりと食すべきだ」
 ブラウニーか、あんたは。
 だが、せっかく用意されたものを食べないわけにもいかない。
 ・・・・・・もったいないし、こいつのご飯美味しいし。
 観念して席に着き、朝食を摂り始める。
 それはずいぶんと暖かさを保っていた。どうやら、食器をお湯で温めておいたらしい。そうやって保温効果を高め、料理が冷めないようにしたのだろう。
 ・・・・・・なんでそんなことまでコイツは知ってるのだろう。生前はどこかの執事かなんかだったんじゃないだろうか。
 自分のサーヴァントに一抹の疑念を抱かせたまま朝の食事が終わる。食後にアーチャーが淹れてくれた紅茶を飲みながら今日の予定を話す。
「―――なるほど、基本的には昨日と同じわけだな」
「ええ、こういうのは継続が大事だしね。地道に消していけば、結界を張ったマスターもいつかボロを出すでしょ」
「ふむ・・・わかった。些か消極的ではあるが現時点では最善だろう。・・・・・・む。ということは、アレも一緒に守らなくてはいけなくなるのか」
 セイバーは学校が終われば家にいなくてはならない。そうなると士郎を守護する役割は当然アーチャーに廻ってくる。アーチャーが心底嫌そうな顔をした。
「なに、アーチャーは士郎が苦手?」
「そういうわけではないが・・・・・・」
 とにかく気に入らんのだ、とアーチャー。
 まあ、いずれは敵になるのだから気に入られても困るといえば困るのだが。
 それでもこういうアーチャーは珍しい。どこか似た空気があるから気が合うのではと思ったのだけど。
「それはそうと、そろそろ出発せねば間に合わんだろう。片付けておくから準備をしておくといい」



「ふう・・・・・・今日はこれで終わりかな」
 放課後。
 士郎を連れて学校を廻り呪刻を消していった。士郎は魔力感知はできないクセに場所の異常には敏感だったので、思っていたよりもかなり早く呪刻を全て消す事ができた。
「さて、わたしは用事があるから先に帰るわ。明日の決戦に備えて色々買わなくちゃいけないし」
 予定より早く終わったので時間に余裕ができた。これなら急いで行く事もないだろう。
「―――なあ遠坂。ちょっと訊いていいか?」
「なに?」
「美綴って知ってるか? 弓道部主将の」
「綾子? 綾子がどうかしたの?」
「いや、一成から聞いたんだけど―――」
 それは随分ときな臭い匂いのする話だった。
 士郎が聞いた話によると、綾子が昨日から行方不明になっているらしい。
 そして昨日―――綾子と最後に会っていたのは慎二だという。 その慎二も昨日から行方が知れない。
 間桐は朽ちた魔術師の家系だが、それでもこのタイミングは。偶然か、もしくは・・・・・・
「―――判ったわ。それはこっちで調べとくから、衛宮くんは今日のところは帰りなさい。寄り道はしないこと、軽率な行動は即死に繋がるから。セイバーと合流するまでは油断しないようにね」
 そういって屋上を後にする。
 今日の予定は変更するしかなさそうだ。買出しは後回し、綾子の無事を確認するのが先決だ。


「む?」
 士郎と別れてから新都に行こうと橋渡る道中、アーチャーが顔をしかめるのが気配で感じられた。
「どうしたの?」
「いや、サーヴァントの気配がしたのでな。そう遠くではないが、どうする? ここで一人脱落させるもよし、あえて泳がしておくのもよし。判断は君に委ねよう」
「――――――」
 手持ちの宝石を確認する。
 アーチャーの実力ちからを疑うわけではないが、それでもサーヴァントの戦いは万全を期したい。
 それに、最近人通りが少なくなったといっても、夕方まだ辺りが明るいだけに新都は人が多い。サーヴァントの戦いともなれば人目に付かずに済ませることは不可能だろう。
 かといって、ここで見逃すというのも―――
「―――行きましょう。戦うわけにはいかないでしょうけど、どんなサーヴァントか知っておくのは悪くないわ」
 そう言ってアーチャーに案内をさせる。
 どのみち、新都へは行く予定だったのだ。そのついでと思えばいいだろう。



 アーチャーに先行させていると、路地裏に入ったところで不意にアーチャーは実体化した。
 後ろからでも感じ取れるアーチャーの敵意。それが路地の奥へと向いていた。
「―――吸血種か」
 ギリッと歯を軋ませる。
 ―――吸血種?
「なに? 死徒が町に潜り込んでるっていうの」
「いや、そうではないだろう。死徒の残り香が感じられん。まず間違いなくサーヴァントだろうが―――反英雄とはな」
 気に入らん、とアーチャー。
 実体化は奥にいるであろうサーヴァントを警戒しての事だったのだろう。
 徒手空拳のまま、アーチャーはわたしを守るように先行する。

 路地を幾らか奥へ進んだところの角で、アーチャーが止まるよう指示してきた。
「どうしたの?」
 小声でアーチャーに訊ねる。
 アーチャーはそれに答えず、代わりに手に刀を顕現させることによって状況を語った。
 ―――この先にいる。
 手持ちの宝石を再度確認する。
 そのうちの一つを手に取り、いつでも発動できるように準備を整える。
「―――行きましょう」
 角を曲がり、紫の髪をもつサーヴァントと対峙する。
 アーチャーの言葉が思い起こされる。

 “吸血種”

 そのサーヴァントは血を吸っていた。
 血を吸われているのわたしのよく知っている人物。
 新都に来た目的。

 “昨日から行方が知れないんだ”

 美綴綾子―――それが、血を吸われている女性の名前だった。



「―――さて、お食事中のところ申し訳ないとは思うが、とりあえずその女性を解放してもらおうか。そうすればこの場は見逃してやろう」
 友人を傷つけられた怒りで緊張した体を、冷静なアーチャーの言葉が鎮める。
 怒りを抑え、思考を働かせる。
 黒い眼帯をしたサーヴァントは吸血行為はやめたものの、綾子を放そうとはしない。
 胸が僅かに上下していることから、とりあえず生きてはいる。だが危険な状態だ。元々は血色のいい顔が、血が不足して土気色になっている。早く治療しなければ命にかかわるかもしれない。
「従う義理はありませんね」
「だろうな。だが、君は従わざるを得んさ。その女性を抱えては私の攻撃を回避することもできまい。―――ああ、その女性を盾にするというのなら無駄だ。邪魔になるというのなら、もろとも始末するだけだ」
 冷徹なアーチャーの声。
 アーチャーもできれば綾子を殺したくはないと思っているだろう。が、それでも必要とあれば躊躇なく巻き込むはずだ。その場合は確実にライダーを倒すだろうが。
 綾子を優先しているという事実はそれだけで弱点になる。危険ではあるが、ここはアーチャーに任せるしかないだろう。
 これで綾子を解放すればそれでよし。そうでないなら―――何をしてでも助け出すのみだ。
「―――わかりました。分が悪いようですし、この場は引かせてもらいましょう」
 アーチャーの言葉に本気を感じ取ったのか、その場に綾子を放り捨てる。
 そちらにわたしたちの注意が一瞬向いた隙に、眼帯のサーヴァントはランサーもかくやという速さで離脱した。
「ふむ―――あの敏捷性、恐らくはライダーか。眼帯をしていたが、盲目なのか、それとも・・・・・・」
「そんなことは後回しよ。早く綾子を治療しないと、手遅れになるかも」
 急いで綾子の側に寄る。
 外傷は特には無いが、とにかく圧倒的に血が足りていない。失った血が回復するまで、他で補っておくしかないだろう。
 手持ちの宝石を幾つか取り出し、溜め込んでいた魔力を解放する。
「―――Ein Gegenstand対象, arztliche Behandlung治療 ・・・」
 ・・・・・・ふう。
 肌に血の色が戻ってきた。
 まだ顔色は悪いが、これならすぐに持ち直すだろう。
「どうやらその女性も持ち直したようだな。それで凛、これからどうするね」
「・・・・・・綾子を病院に運ぶわ。アーチャーはサーヴァントの襲撃を警戒しといて」
 了解した、そうアーチャーが答えるのを確認して綾子を背中に背負う。
 自分がある程度鍛えているからか、それとも綾子が弱っているからか、その体はひどく軽く感じられた。




 遠坂と別れた後、弓道場の方で慎二と出会った。
 慎二によると、慎二は聖杯戦争のマスターで、学校の結界を張った張本人らしい。―――慎二はただの保身の為のもので使う気はないとは言っていたけど・・・・・・
 とにかく、慎二がマスターだということは確かだという。
 慎二は聖杯戦争をやる気がないと言い、聖杯戦争に参加するのなら桜を家に保護させてもらうと言ってきた。
 確かに俺とセイバーが戦う以上、衛宮の家にいるよりは慎二の所の方が安全に違いない。桜には慎二から適当な理由をつけて伝えておくと言ったので、まかせておいて大丈夫だろう。

 そんなこんなで慎二とも別れ、俺は今マウント商店街に来ている。
 今日は桜が料理当番だったので、桜がいないとなると俺が作るしかない。家にはなにもないので、料理をする方が食材を買って帰る事になっていたのだ。
「―――さて。今夜は何にしたもんか」
 夕飯は桜が作ることになっていたので、献立なんて全然考えてなかった。スーパートヨエツを前に腕を組んで悩む。
 ・・・・・・駄目だ、何も思い浮かばん。
 そもそもセイバーが何を食べれて何を食べられないのか見当がつかない。まあ、明らかに洋風だから納豆とかは駄目そうなのは予想がつくんだけど。・・・・・・いや、そういえば今朝美味しそうに食べてたな。ということは好き嫌いがないのだろうか。
 ・・・・・・まあ、食材を見たら何か思い浮かぶかもしれないな。


 トヨエツから出る頃には夕飯の献立は決まっていた。
 両手にビニール袋を持って家へと足を向ける。が、いくらもしないうちに足が止まった。
「?」
 なんか、くいくいと後ろから引っ張られてる。
「なにごと・・・・・・?」
 はて、と後ろに振り返る。
 そこには―――銀色の髪をした、幼い少女の姿があった。
 その少女は、
「よかった。怪我は治ったんだね、お兄ちゃん」
 そんな、本当に嬉しそうな笑顔で俺を見た。
「―――イリ、ヤ?」
 アーチャーの矢から庇ったときに、何故かそれが自然なことであるかのように思えた少女。
「―――え?」
 だからだろうか。それがどんな意味を持つのか、それを知らぬまま少女の名前を口にしてしまった。
「あ―――いや、違った・・・・・・! イリヤス―――そう、イリヤスフィールだった・・・・・・! ま、間違えてごめん・・・・・・!」
 反射的に頭を下げる。
 この子がバーサーカーのマスターだろうと関係なかった。
 ただ、その・・・・・・今にも泣きそうな顔が、放っておけなかっただけ。
「・・・・・・・・・・・・」
 名前を短縮されたのが気に入らなかったのか、少女はむーっとした表情で睨んでくる。
 それはとても可愛らしい顔なのだが、少女が機嫌損ねているのが判るだけに対応に困る。
「・・・・・・名前、教えて」
「え?」
「お兄ちゃんの名前、教えて。わたしだけ知らないの不公平」
 ああ、そう言えばそうだろう。
 イリヤスフィールはちゃんと名乗ったけど、俺はまだ自分の名前も口にしていない。
 ―――それでも、何故少女は俺の事を知っていたのだろうか。
「俺は士郎。衛宮士郎っていう」
「エミヤシロ? 不思議な発音するんだね、お兄ちゃんは」
「・・・・・・俺もそんな不思議な発音で呼ばれたのは初めてだ」
 それじゃあ『笑みやしろ』じゃないか。
「言いにくかったら士郎ってだけ覚えてくれたらいいよ。俺もその方が気が楽だし」
「・・・・・・シロウ、シロウ、かあ―――うん、気に入ったわ。単純だけど響きがキレイだし、シロウにあってるもの。これならさっきのも許してあげる!」
「うわっ・・・・・・!」
 少女は満面の笑みを浮かべると、いきなり俺の腕に抱きついてきた。
「ま、ま待てイリヤスフィール、いきなり何をすんだよおまえ・・・・・・!」
「ううん、さっきみたいにイリヤでいいよシロウ! わたしもシロウって言うんだから、これでおあいこだよね!」
「それは言い易くて助かるんだけど、この状況はちょっと待てーーーー!」
 イリヤは可愛いから別にこのまま抱きつかれていてもいいのだが、場所が場所だけにご近所のおばさまたちに良からぬ噂を立てられかねない。イリヤが類まれな美少女で、あまつさえ銀髪ということもそれに拍車をかけている。
 腕をぶんぶん振り回してイリヤを引き剥がそうと試みるが、イリヤはきゃーきゃーと喜ぶばかり。
 いっこうに離れる気配を見せないのでついには諦めてしまう。
 ・・・・・・まあ、変な噂が立ったらその時はその時だろう。
 軽くため息をつき、腕に抱きついているイリヤの顔を覗き見る。
「?」
 イリヤは楽しそうに満面の笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
 そこでふと疑問に思う。
「そういえばイリヤはどうしてこんなところに来たんだ。 俺に会ったのは偶然ってこともないんだろ?」
 イリヤとて真昼間から戦闘を繰り広げるつもりもないだろう。
 しかしこの出会いが偶然とも思いかねる。
「偶然じゃないよ。セラの目を盗んで、わざわざシロウに会いに来てあげたんだから。コウエイに思ってよね」
 ふふん、と得意げにイリヤは笑う。
 ・・・・・・セラって人も大変だな。
「でもなんでまた来たんだ? 戦いに来たってわけでもないだろうし・・・・・・」
「うん。マスターはね、明るいうちは戦っちゃダメなんだよ。わたしはシロウとお話しにきたの。今までずっと待ってたんだから、それぐらいいいでしょ?」
 今のイリヤはどうしようもないくらい無邪気だ。
 教会の帰りに会ったときに見せたマスターの顔とこちら。いったいどっちが本当のイリヤなんだろう。
「それともシロウはわたしと話すのはイヤ? ・・・・・・うん、シロウがイヤなら帰るよ。ほんとはイヤだけど、したくないコトさせたら嫌われちゃうから」
 イリヤはまっすぐに俺の顔を見上げてくる。
 マスターとしてはここは拒否するべきなのだろう。
 イリヤの顔を見つめ返す。
「――――――」
 その顔は先ほどまでの笑顔とは違い、どこか不安そうな表情。
 断られたらどうしようか、という幼い不安。
 そんな表情を見せられたら断ることなど考えにも及ばないだろう。
「いや、嫌じゃないさ。ほんと言うと、俺もイリヤと会って話がしたかった」
 イリヤの顔がぱっと明るいものに変わる。
 それでふと思い至る。
「そうだ。イリヤ、うちに来ないか? これから夕飯を作るし、よかったら一緒に食べよう」
「――――――」
 そう言うとイリヤはずいぶんと驚いた顔をした。
 目を白黒させて言葉の意味を確認している。
 やがて言葉の意味を把握したのか、イリヤは先ほどまでと違いどこかおどおどした感じになった。
「―――いいの?」
 勿論、いいに決まってる。
「ああ、飯は大人数で食べた方がうまいし、なによりそうすれば話もいっぱいできるだろ」
 そう言うと、途端にイリヤは無表情になった。
 マスターの顔でも、さっきまでの無邪気な笑顔でもない。
 イリヤはその感情を一切消した顔で、
「―――そう、シロウは何も知らないんだ」
 ポツリと、漏らすようにそう言った。
「え―――?」
「―――ううん、なんでもない。シロウ、早く行こうよ!」
 それも僅かな時間。
 イリヤの漏らした言葉の意味を確かめる間もなく、イリヤに急かされて家へと向かう。
 衛宮邸へと歩を進める中で、
 “何も知らない”
 イリヤが漏らしたその言葉が、いつまでも耳に残っていた。




 玄関の方から帰宅を告げるシロウの声が聞こえてくる。
 それに合わせてなにやら聞き覚えのある少女の声まで聞こえる。
 ・・・・・・イリヤスフィール?
 何故シロウと一緒にいるのかはわからないが、とにかくあの銀髪の少女も一緒に来ているらしい。
 シロウのあまりの危機感のなさにため息をつく。
 殺されかけた相手と一緒に帰宅を告げるとはどういうことなのか。
 まあ考えていても仕方がない。なにやらタイガの怒鳴り声まで聞こえてきた。
 止めに入らないとシロウの身が危ないだろう。


「へー、イリヤちゃんはセイバーちゃんの親戚なんだ」
 食事後のお茶を啜りながらタイガにイリヤスフィールの事を説明した。
 シロウが玄関で咄嗟についた言い訳がそれ、、らしい。
 イリヤスフィールはそれに若干の不満を抱いたようだが、こちらとしてはどちらでもいい。
 シロウがイリヤスフィールを家に招いた時点で、私はもう何を言っても無駄だとわかってしまったから。
 タイガは私とイリヤスフィールの髪の色の違いについて僅かに疑問を抱いたようだが、特に気にしはしなかったようだ。キリツグの知り合いなら問題はないと判断したらしい。

 しばらく食後の団欒が続く。
 もっぱらタイガがイリヤスフィールに話しかけていたが、時々シロウもそれに参加していた。
 シロウもイリヤスフィールも本当に楽しそうにしている。
 それが、少し羨ましい。
 踏み出せば手に入るとわかってはいるが、いずれ失うと知っているのでそれが怖い。
「もう8時か・・・・・・シロウ、イリヤちゃんを送ってあげなさい。最近は物騒なんだから、女の子を一人で帰すような真似はしちゃダメよ」
「わかってるよ藤ねえ。じゃあ行こうかイリヤ。家にいる人も心配するだろうし」
「では私も同伴しましょう。食後ですし、少し散歩をするのも悪くない」
 本当はシロウの護衛なのだが、それをタイガの前で言うわけにもいかない。
 イリヤスフィールはシロウと二人きりが良かったのだろうが、諦めてもらおう。自分がバーサーカーのマスターということを忘れないでほしい。
 タイガに留守番をまかせて衛宮邸を出る。
 蒼い月が、暗い夜の空に浮かんでいた。




 凛は寝た・・・か。
 いつになく暗い夜、僅かばかりの月光が町を蒼く染める。
 今日は色々あったからか、いつになく凛が眠りにつくのが早い。町を巡回するのを中止したため、その分体力を蓄えるとのことだった。
 まあそれには同意だ。ここ最近の凛の多忙さには目を見張るものがある。少しくらい休んでもいいだろう。
「ん・・・・・・?」
 屋根に上り辺りを警戒していると、仕掛けておいたものに反応があった。
 それにアーチャーは眉根を寄せる。
 それは期待していたモノの反応ではなく、見知った、あまり仲良くはしたくないモノの反応だった。
 反応はそれ一つだけ。あるべきはずのもう片方の反応はない。
 その事実に深くため息をつく。
 どうやら一仕事入ったようだ。今夜はゆっくり休んでいたかったが。
 まあ、愚痴を零しても仕方がない。起きてしまったことは覆しようがないからな。
 反応のあった場所へと鷹の眼を向ける。
 ソイツは柳洞寺の方へと向かっていた。その足取りはふらふらとし、足元がおぼつかない様子。
 それに何かが付着しているのを感じ、目を細める。
 ・・・・・・糸?
 それは糸だった。魔力で編まれた、隠密性の高い極細の糸。
 なるほど、これならばあの結界を抜けれよう。
 セイバーにも気付かせずに抜けるとは、キャスターもなかなかやる。普段の行状は褒められたものではないが、魔術の腕だけは褒めてやってもいいかもしれない。
 軽く感心しているとソイツはもう階段の半ばにまできていた。
 ・・・・・・そろそろ行動しないと間に合わないかもしれないな。
 面倒ではあるがこれも仕事だ。せいぜいうまく立ち回るとしよう。