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 ―――キャスターの指が伸びる。
 抵抗しようにも体は動かない。動こうとしない。手足の感覚は奪われ、じきに、手足そのものも奪われるだろう。キャスターの指、それが届くまでが僅かな猶予。
「さよなら坊や。悔やむのなら、その程度の力量でマスターになった事を悔やみなさい」
 体は一向に動かないまま、己が意思とは無関係に死の指先を受け入れる。
「っ―――!」
 瞑りたくなる目蓋を耐えて、全力でキャスターを睨み付ける。
「あら。いい子ね、そういう頑張りは嫌いではありませんよ」
 こっちの精一杯の抵抗を嘲笑いながら、キャスターは令呪に指をあてた。
「あ――――――」
 ・・・・・・自由だった意識さえ麻痺していく。
 ・・・・・・遠のいていく思考のなか。
 山門から剣と剣が打ち合う剣戟が微かに聞こえていた。


「――――――!?」

 唐突にキャスターが飛び退く。
 その理由は無数の矢。
 空を切る何十という矢の音に反応し、キャスターは咄嗟に後退したのだろう。
 先ほどまでキャスターが立っていた場所には幾つもの矢が突き立っていた。いったいどれほどの力で放たれたというのか。それは石床を容易く突き破り、矢の半ばごろまで突き刺さっていた。
 当たれば半身をもぎ取るであろうほどの威力を込めた矢、それを放った主は、山門の上に立っていた。
 赤い騎士は、徒手空拳のまま地面に降り立つ。
「ふむ、最後まで諦めぬその意気はよし。なかなかどうして、胆が据わっているではないか」
 男―――アーチャーはキャスターを阻むように、俺の目の前で、そんな言葉を口にした。
「おまえ―――なんで」
「なに、監視をしていたらたまたまお前が、魔女の巣窟へ歩いているのを見かけてな。セイバーを連れていないようだったので気になって・・・な。で、体はどうだ。キャスターの糸なら、今ので断った筈だが」
「え―――」
 言われて、自分の手を確認する。
 ・・・・・・動く。
 あれだけ動かなかった手足が、今の攻防だけで自由を取り戻していた。
「動く。キャスターの呪縛は解けた、けど・・・・・・」
「それは重畳。あとは好きにするといい、そう言いたかったが―――死にたくなければ、しばらくそこを動かない方がいいな。あまり無思慮に動くと」
「く、アーチャーですって・・・・・・!? ええい、アサシンめ何をしていたの・・・・・・!」
「そら、見ての通り八つ当たりを喰らう事になる。女の激情とは中々に御し難い。やれやれ、少しばかり手荒い事になりそうだ」
 キャスターの憤激を見てアーチャーは面倒くさそうに肩をすくめる。
「―――さて。そう怒るなキャスター。アサシンならばセイバーと対峙している。・・・・・・佐々木小次郎と言ったか、セイバーを押し留めるとは大した剣豪だ。むしろ褒めてやるべきではないか?」
 敵と対峙しているというのに、アーチャーに緊張感はまるでない。
 キャスターの神殿の中だというのに、自分の庭にでもいるかのように振舞っている。
 それに気付いたのか、キャスターは冷静さを取り戻す。
「―――ふん、ふざけた事を。アナタを止められないようでは英雄などとは呼べない。あの男、剣豪を名乗らせるには実力不足です」
「ほう。その言い様、アサシンが自分の仲間だと言いたげだが―――やはり協力しあっているのか、君たちのマスターは。そうでなくてはこの状況に説明がつかん。一つの場所に、二人のサーヴァントが居を構えるなど・・・な」
 キャスターは無言のままアーチャーを見据える。
 ローブに隠れてその表情は判らないが、キャスターは動揺しているように見えた。
「―――アーチャー、今の本当か・・・・・・!? セイバーがここに来てて、アサシンのサーヴァントと戦っていて、おまけにアサシンとキャスターのマスターが協力しあってるって・・・・・・!?」
「さてな、私はそう推測したが本当のところは知らん。だが、少なくともそれに近い関係ではあるだろう。マスター同士の同盟など珍しい物ではないし、現におまえと凛とて手を結んでいる」
 なるほど。そう言われれば納得するしかない。
 同盟を結べば敵が一人減って味方が一人増える。キャスターのように戦闘能力に欠けるサーヴァントならば、他のサーヴァントと手を結ぶのは自明の理と言える。
 そしてキャスターはアサシンと手を結んでいる。ならば柳洞寺にはマスターは二人居るという事に・・・・・・
「ふ―――。ふふ、あはははははははは! 何を言い出すかと思えば、随分と的外れな事を言うのねアーチャー!」
「む? なんだ、違ったか? ・・・・・・まいったな、君たちが仲間だというのはかなり近い答えだと思ったのだが」
「ええ、見当違いも甚だしいわ。仲間ですって―――? 私があの狗と協力し合う? 私の手駒にすぎないあの男と?」
 キャスターの高笑いは止まらない。
 それはあまりにも場違いな笑い声で、緊迫していた境内の空気が霧散していく。
「―――なるほど、なればこその架空の英雄か。可能性としてはないわけではなかったが」
「―――どういうことだ?」
 なに、簡単なことだ。
 アーチャーはそう前置きして説明を始める。
「山門を守るアサシンにマスターなど居ないということだ。いや、召喚者をマスターと呼ぶのであれば、そこにいる魔術師キャスターこそがアサシンのマスターだ。しかし、よくルールを破る気になったものだ」
「な―――に?」
 ・・・・・・つまり。
 山門にいるアサシンはキャスターによって呼び出された“英霊サーヴァント なのか―――!
「ルールを破った? 失礼な男ね。誰もルールなど破ってはいませんよ。サーヴァントは魔術師が召喚するもの。ならば―――魔術師キャスターである私が、サーヴァントを召喚するのに何の不都合があるのかしら」
「いや、問題などなかろう。必勝の手段が存在するのであればそれを選択するのは必然。その為にルールを破る必要があるのであれば、迷うことなく実施すべきだ」
「あら、物分りがいいわね。そういう男は嫌いじゃないわ」
「そう言っていただけるとは恐悦至極。光栄の極みだな」
 アーチャーとキャスターはなんでもないかのように会話を続けている。
 アーチャーはキャスターがアサシンのマスターであることには無関心のようだ。
「さて―――それではこの辺りで失礼するとしよう。これ以上ここにいても私にメリットなどないのでね」
「面白い事を言うのね。私が貴方たちを逃がすと思って?」
「―――ほう、私とる気か。逃げ回り、姦計を巡すしか能の無い魔女、、風情が大言を吐く」
 アーチャーのいつも通りの皮肉。
 それがキャスターにとってどんな意味を持ったのか。

 ―――空気が変わった。

 今までなりを潜めていた敵意。
 それがローブに隠されたキャスターの身から溢れ出していた。
 それに、アーチャーが身構える。
「―――私を“魔女”と、そう言ったわね。手駒にしようと思ったけど、気が変わったわ。私を魔女と呼んだ者には相応の罰を与えます。楽に死ねるとは思わないことね」
 キャスターのローブが歪む。
 大気に満ちた魔力は濃霧となって、キャスターの体を覆っていく。
 それに、
「やれやれ、そうまで死に急ぐか。戦いに来たわけではないのだがな」
 本当に面倒臭そうに、アーチャーは呟いた。その手にはいつの間にか刀が握られている。
 黒塗りの鞘に納められた一振りの刀。微かな月光を吸収し、それは鈍い光沢を放っていた。
「―――!」
 唐突に、アーチャーが視界から消えた。

 斬ッ!

 アーチャーを次に眼で確認できたのは、アーチャーがキャスターを横一文字に両断し、立っていた場所より5メートルほど離れた位置で停止したときだった。
 消えてから再び視認できるまでに1秒とかかっていない。ランサーもかくやという速さだった。
 だが、アーチャーにそれほどの敏捷性があるわけではないだろう。つまり、これはアーチャーの技。一歩で最高速に到達し、瞬時に間合を詰める技法。
 キャスターは呪文を唱える暇もなかっただろう。両断されたローブは舞うように足元へと崩れ落ちる。
「む――――――」
 拍子抜けしたのか、アーチャーは納得いかないように立ち尽くす。
 あれだけ大口を叩いて、反撃も出来ずに倒れたのだ。気が削がれるのは当然と言えた。
 アーチャーは刀を手に立ち尽くしている。
 その刀に―――何故か、ひどく魅せられているの自分がいた。

 斬り倒されたキャスターの体が消えていく。
 それを見届けて、アーチャーは刀を鞘に納めようとした瞬間。
「・・・・・・残念ねアーチャー。貴方が、本当にその程度だったなんて」
 荒涼とした境内に、キャスターの声が響き渡り、同時に天空から光弾が飛来する―――!
「チッ―――!」
 それをアーチャーは俺の方に跳ねる事で回避する。
 光弾が飛んできた方向、微かに月が見え隠れする空の上。
 そこにそれは存在した。
「―――固有時制御・・・・・・いや、空間転移か。なるほど、この境内の中であれば魔法の真似事も可能なわけだ。・・・・・・見直したよキャスター。大口を叩くだけのことはある」
 上空にいるキャスターを見上げながら、アーチャーは愉快そうに笑う。
「そうですか? 私は見下げ果てたわアーチャー。使えると思って試したけど、結果がこれではアサシン以下よ」
「いや、耳が痛いな。次があるのならもう少し気を利かせるが」
「―――まさか。愚か者に次などありません。貴方はここで消えなさい、アーチャー」
「それこそまさか、、、だ。私はまだ消える気はないのでね。ここは引かせてもらうとしよう」
「あら、逃げ切れると思って?」
 キャスターは杖をアーチャーへと向ける。
 キャスターの周りに光弾が生まれ、アーチャーを消し去るために飛翔する―――!
 それをアーチャーは巧みな体捌きで悉く回避し、時にその刀で斬り捨てる。
 アーチャーは動かない。引く、、と言っておきながらその場から動こうとはしない。
 ちらりとこちらを横目で見る。
「――――――」
 アーチャーは俺が動くのを待っているのだ。
 早く逃げろと、アーチャーは俺に眼で言い放つ。
 山門に向かって全力で走る。それにアーチャーはぴったりとくっつくようにして追従する。
 その間にも光弾は降り注ぐことをやめない。
 その一つ一つが致命的なダメージになるそれを、アーチャーは刀一つで捌ききる。
 あるいは切り裂き、あるいは弾き、逆手に持った鞘で叩き落す。
 その気配を背中で感じ取りながら山門へと走る。
「がっ―――!?」
 不意に体に衝撃が走る。
 追いついたアーチャーに蹴りで横へと弾き飛ばされたのだ。
 完璧な不意打ちになすすべも無く体は飛ぶ。
 数メートルほど水平に飛び、背中から着地する。
「てめ―――」
 痛みに耐えて起き上がる。一声文句を言おうとアーチャーへと体を向ける。
「―――え?」
 アーチャーはピタリと止まっている。
 降り注ぐ光弾も止み、キャスターの哄笑が境内に響き渡る。
「ふふ、気分はどうかしらアーチャー。空間を固定されては、三騎士と言えど動けないでしょう?」
 空間の凍結。
 アーチャーに周りの空間だけ、凍結したかのように固まっている。
 アーチャーは口をきくこともできないのか、無言でその場に佇んでいる。
「これで詰みね。外にはセイバーもいる事ですし、そろそろお終いにしましょう」
 キャスターの左手が上がり、死を具現化した光弾が生み出される。
「何処の英雄だったかは知らないけど、これでお別れよ、アーチャー」
 左手がアーチャーへと向けられる。
 あの光弾が放たれればアーチャーは死ぬ。アーチャーの対魔力では威力を削ぐこともできないだろう。
 空間を固定されていては回避することもかなわない。
 絶対的な死。決定付けられた死を前にして、
「――――――クッ」
「―――?」
「はははははははははは!」
 それでもなお、アーチャーは愉快そうに笑っていた。
「―――恐怖で気でも違えたかしら、アーチャー?」
「ははは―――いや、これが笑わずにはいられようか。ここでまでうまくいくと、逆に滑稽ですらあるというのに。ここまでうまくいったのは長い人生でも2度あるかないかといったところだろう」
 アーチャーの笑いは止まらない。
 空間を固定され、指一本動かせない状況にもかかわらずこの状況を愉しんでいる。
「・・・・・・どういうことかしら?」
「さてな、それは自分で考えたまえ。まあ、考える前に動くことを勧めるが・・・ね!」
「―――!!!!」
 アーチャーの体が跳ねる。
 空間の固定化とやらを力ずくで解いたのか、硝子が砕けるような音を残してアーチャーの姿が視界から消える。
「逃がしは―――!?」
 ―――流星。
 どこからか飛来した一条の銀の光。
 それを避ける為にキャスターは追撃を中止する。

 ―――何ということか。
 それは境内の外から放たれた矢だった。
 あらかじめ仕掛けておいたのだろう。
 特定の時間になれば矢が自動的にこちらへと放たれる仕組みになっていたのだろう。
 だが、それは異常だ。
 時間、場所、タイミング。それらのうち、どれか一つでも間違えばこれは成立しない。
 いったいどうすれば全てを計算し尽くす事ができるというのか―――!

 急いでアーチャーの姿を探し、そして絶句する。キャスターとて同じだろう。
 赤い騎士は既に詰めチェックに入っていた。
 地面に膝をたてて、弓を上空へと構えている。
 狙いはキャスター。
 そして、弓にあてがわれている“矢”こそバーサーカーを狙撃したあの剣―――!

「――― I am the bone of her sheath 其は 理想の 具現者 也.」  
 アーチャーの声が大気を揺るがす。
 キャスターの切迫した詠唱。
 それにより、並みの攻撃では傷一つ負わせる事のできない障壁が展開される。
 それを見越した上で、
「―――“八頭龍・飛刃アマノムラクモ ”」
 アーチャーは、その矢から手を放した。
 一瞬の静寂。
 そして―――破壊的な音が境内に響き渡った。

 それがヤツの宝具なのか。
 放たれた矢は音速を超え大気を切り裂き、破壊的な衝撃波ソニックブームを巻き起こした。
 その矢が通り過ぎた後は、禍々しい傷跡を残している。
「は――――――あ・・・・・・・・・・・・!」
 上空ではキャスターの喘ぎ声がこぼれていた。
 アーチャーの矢は、いとも容易くキャスターの障壁を貫いていた。
 あの矢の速度を見る限り、キャスターが空間転移を試みていたところで、空間ごと切り裂いていたに違いない。
 直撃であったならば、例えあのバーサーカーといえどその命を散らしていたに違いない。
 そう、直撃であったならば・・・・・・
「あ―――あ―――」
 アーチャーの矢は直撃ではなかった。
 矢はキャスターより離れた虚空へと打ち出され、その余波だけでキャスターの障壁を貫いたのだ。
 外れた―――いや、それはありえない。
 あれほど計算し尽くされた罠を仕掛けられて、土壇場で自らが放つ矢の方向を間違えるはずもない。
 矢は、外した、、、のだ。
 一体どういう心算なのか。
 必殺の機会を、アーチャーは自らの手で放棄したのだ。
「・・・・・・アーチャー。今の一撃、何故外したのです」
 地に降りてきたキャスターが、覇気の無い声で問う。
 アーチャーはそれに肩をすくめ、
「女性を殺すのは好かんのでね」
 などと、訳のわからない事を言い出した。
 いや、わからないわけではないけど、この状況で言う台詞なのだろうか。
 見れば、キャスターも呆然としている。
「先ほどはつい挑発に乗ってしまったが、私の目的はその男だけだったからな。戦う気など最初はなかったのだが・・・」
 ・・・・・・む。
 そういえばあいつ、最初っからやる気がなかったというか、敵意なんて欠片も出してなかったっけ。
「・・・・・・そう。私と戦いに来たわけではなかった、というわけね」
「自称だが、平和主義者なのでね。無益な殺生は好かんのだ」
 くっくっとアーチャーは本当に楽しそうに笑う。
「さて、ではこの辺りで帰るとしようか。ゆるりと傷を癒すがよかろう」
 ひとしきり笑った後、アーチャーは山門へと歩き出す。
「―――って、ちょっと待てよ!」
「む、なんだ。そろそろ朝の食事の仕込をしなくてはならないのだが・・・」
「そんな事を言っている場合か! キャスターを見逃すって言うのか」
「ふむ・・・・・・そうは言っても、既にキャスターはどこかへ行ってしまったようだが」
「お前が見逃したからだろうが!」
 いつの間にかキャスターは空間転移をしてどこかへ行ってしまった。
 恐らくは柳洞寺のどこかだろうが、最早追うことなどできはしないだろう。
 それだけに、キャスターを見逃したアーチャーには怒りが沸く。
「―――街で起こってる事件は全部あいつの仕業なんだろ。キャスターを止めないかぎり、犠牲者は出続ける。俺は、そんなのを放っておくなんて出来ない」
「そんなものは放っておけ。死者が出ているわけでもなし、そう目くじらを立てるような事でもあるまい。これは戦争なのだよ。自身の力が不足するなら他で補うのが基本だ。その方針に間違いなどあろうはずもない」
「――――――」
「私に言わせればキャスターは手緩い。魔力だけではなく命を奪えば効率も上がっただろうに。―――まあ、そうすればさすがに討たざるを得んが・・・な」
 アーチャーの言うことは正論だ。
 間違ったことは何一つとして言っていないだろう。
 反論が見出せず、自然、口を閉ざしてしまう。
「さて、納得してもらったところで帰るとしようか。山門ではセイバーがアサシンと切り結んでいるようだし、そろそろいかねば決着が着きかねんな」
 それでも納得はいかない。
 アーチャーに背を向けて歩き出す。
「む。まさかキャスターを探すというのではあるまいな」
「――――――」
 無視して歩き続ける。
 ここがキャスターの陣地である以上、どこかに工房があるはずだ。
 それを見つけられれば、キャスターと会うことも容易いだろう。
「ふう、なかなか信じがたい馬鹿さ加減だな」
 突然、灼熱を伴う痛みが足を襲った。
「がっ―――!」
 石床に無様に転倒する。
 激痛の根源を見ると、そこには鋭利な短剣が突き刺さっていた。
「なに・・・・・・を・・・・・・?」
「貴様に死なれては困るのでな。口で言っても無駄ならば、力で従わせるしかあるまい」
 激痛。
 肩口にさらに短剣が突き刺さる。
「腱を切断した。暴れられても面倒なのでな。まだ動けないということはないだろうが、次に動いた場合は神経を切断する。半身不随になりたくなければ動かないことだ」
 そう言ってアーチャーは俺を肩に担ぐ。
 あまりの痛さに動くことなど叶わない。抵抗しようとしても腱を切断された足と手は動いてくれなかった。
 山門に着いたのかほとんど感じなかった揺れもおさまる。
「さて、アサシンよ。セイバーとお楽しみの最中申し訳ないとは思うが、刀を納めてはくれないかね。まあ無理にとは言わんが、貴殿としてもセイバーとは心置きなく戦いたいのだろう?」
 鳴り響いていた剣戟が止まった。
「なんだ、見損なったぞアーチャー。女狐を驚かせようと思って通したというのに、自分の命惜しさで逃げ戻ってくるとは」
「耳に痛いな、まあ言い訳はしないさ。ところで、そこを通してもらえるかね。私としてはそろそろ朝食の支度が迫ってきているのでな、マスターの下に帰りたいのだが」
「それは無理な相談だな。私はここの門番だ。誰も生きては通さぬし、生きては帰さん。通りたければ力ずくで押し通るがいい」
「やれやれ、また面倒な。・・・・・・セイバー、君のマスターだ。大切に保管してやれ」
 浮遊感が体を襲った。
 アーチャーによって軽々と投げられた体は、アサシンの横を通り抜け、セイバーの方へと落下する。
「―――シロウ・・・・・・!」
 予想していた硬い衝撃は無かった。
 セイバーが受け止めてくれたらしい。
「ではアサシンよ。存分に死合を愉しもうぞ。面倒だが、やるからには愉しまねばなるまい」
「さて、貴殿に私の渇きが癒せるかな?」
 再び剣戟が鳴り響く。
 刀と刀が交じり合い、技と技とが競われる。
 刀は剣とは違い、切り裂く事を目的としている。その為、正面から打ち合うようにはできていない。
 だからこそ刀と刀の戦いは、技術の差がはっきりと表れる。
 アサシンの神業じみた剣戟を、アーチャーは俺にもどうにか届きそうな技を持って防ぎ、反撃に転じている。
 それを―――必死に眼で追っているのを自覚した。
「―――行きましょう。アーチャーがアサシンを止めてくれています。今のうちなら容易く家に帰れるでしょう」