/14
セイバーがキャスターに捕まった時、それを都合がいいと考えた。
これでキャスターがセイバーに倒されるという事はなくなったし、キャスターもセイバーを捕らえたのならば殺す事を考えているわけではないだろう。
そもそもキャスターではセイバーの守りを超えることはできないのだから。
「あら、何か用かしら? お嬢さんたち」
これで
キャスターとセイバーが対峙した時など、どうやって偶然を装ってキャスターを逃がすかを考えていたものだ。
結局は杞憂に終わったが。
ともあれ、その展開を望ましく思ったのだ。
「ふふ・・・・・・。尻尾を巻いて逃げたと思ったら、わざわざ死にに来たの? 殊勝な事ね」
後はキャスターと戦い、こちらの意思を悟られないように敗走するだけ。
消耗した凛が休んでいる間に聖杯を破壊すれば私の目的は達成される。
そう考えていた。
キャスターの後ろにいる
「――――――」
俯き、苦しげに吐息を漏らすセイバー。
騎士としての誇りを踏みにじろうとするキャスターの魔術と令呪による圧力。
それに耐えようと、恥辱に顔を歪ませるそれを見て、
◇
私たちとセイバーの間に立ちふさがるようにキャスターは存在している。
マスターの姿はない。隠れているのかそもそもこことは別のところにいるのか、それは判らない。
ただセイバーを助けるにはキャスターをどうにかしなくてはならない事実がそこにあるというだけ。
「死にに来た、ですって? そんなわけないじゃない。貴女を倒しに来たのよ。貴女程度の魔術師に勝てないようじゃ、聖杯戦争に勝利するなんて夢以前の問題だしね」
「大きくでたわね。貴女、この状況で私に勝てるつもりなのかしら?」
「出来るわよ。私とアーチャーならね」
柳洞寺から来るときに持ってきたのだろう。
この聖堂にはキャスターによって集められた魔力が満ちている。
ここは魔女の神殿だ。
ここで戦う限りキャスターの優位は揺るぎはしない。
それに、キャスターは逃げる事に関しては最高の能力を持っている。
いざともなれば空間転移でもして逃走することもできるだろう。
だが、ようは戦いよう。
キャスターに対抗するためにとっておきの宝石も持ってきた。
不意打ちで冷静な判断力を失わせて、アーチャーに追撃させる。
その隙にとっておきを使って最大威力の魔弾を喰らわせれば倒せるだろう。
「――――――」
キャスターに気取られないように宝石を握る。
不意をつかなければ意味がないのだ。
「・・・・・・・・・・・・す」
そして―――
ザワ・・・・・・ッ
それは唐突に、
「えっ・・・・・・?」
聖堂に満ちたキャスターと私の敵意を飲み込み、いとも容易く現実を侵食した。
ズン・・・・・・ッ!!
「――――――っ!!!!!?」
―――剣。
―――剣剣剣。
―――剣剣剣剣剣。
―――剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣剣―――――――――!!!!!!!!!
それは無数の、無限に存在する剣。
際限なく現れ飛来してくる剣が、一片の慈悲なく、容赦なく、万遍なく体に突き刺さっていく。
皮を切り裂き肉を掻き分け骨を断ち切り神経を蹂躙し・・・・・・
解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して解体して・・・・・・・・・・・・
「がはっ・・・・・・!」
ぎりぎりでその場に倒れこむのを押さえ込んだ。
だが、それも本当にぎりぎりだ。
恐らく自分の顔は恐怖で埋め尽くされているに違いあるまい。
肉体という器が剣の刃に破壊されつくし、精神は剣のもたらした痛みと恐怖によって狂い、魂は転生の可能性すらありえぬよう器から離れることもできずに消滅させられた。
だが安易に死という逃げ道に逃れることもできず、魂は剣のもたらす圧倒的な破滅によって強制的に器へと戻され、精神は痛みと恐怖のあまりの強大さに正気を取り戻し、肉体は破壊されつくしてなお飽きたらぬかのように剣によって蹂躙されていく。
永遠に終わらぬ剣の災厄。
無限に続く死の輪廻。
それに取り殺される寸前で私は戻ってこれた。
―――いや、アーチャーがその殺気を止めたのだろう。
アーチャーが殺気を放つことを止めなかったら、私はそのまま廃人になっていたかもしれない。
それほどの殺意だった。
「――――――っ!!!」
見れば、キャスターも恐怖の表情でアーチャーを見ている。
その顔には先ほどまでの余裕は一切感じられない。
キャスターは私のように余波ではなく、直接殺意を向けられたのだろう。
私以上の死を幻視したとしてもおかしくはない。
それのなんという異常な事か。
魔術師である私の、神代の魔女であるキャスターの精神を。
常人より遥かに強靭に出来た精神に、いともあっさりと死を認めさせたのだ。
バーサーカーを前にしたときでさえこれほどの死を感じた事はなかったというのに―――!!
「・・・・・・アー・・・・・・チャー・・・・・・っ。貴方は、なんだというの!?」
息も絶え絶えにキャスターは問う。
アーチャーはそれには答えず、ただ感情を押し殺した声で呟いた。
「――――――殺す」
もはやアーチャーにはキャスターに対する敵意しか存在しない。
いつも冷静で、皮肉屋だった彼の面影などどこにも見当たりはしなかった。
「もはや計画などどうでもいい。大聖杯がどうなろうと知ったことか」
“
聖堂に響く呪文。
・・・・・・周囲に変化はない。
あれだけ長い呪文ならば、かならず周囲に影響が出るはず。
魔術というものは世界に働きかけるものなのだから。
「貴様を殺した後、影響が出る前に聖杯を破壊すればいいだけの話」
しかし、アーチャーの呪文は世界に何の変化も与えない。
世界に働きかけることなどせずに、ただ―――
「現世に召喚された事を悔やみながら滅びを迎えるがいい・・・・・・」
左腕が上げられる。
淡々と紡がれた呪文はそこで完成した。
明確に言霊を吐いて、アーチャーは世界を変動させた。
◇
「なっ・・・・・・」
世界が脈動する。
突如として生じた吹雪が聖堂の中を吹き荒れる。
それは何か境界線を作るかのように聖堂を包み込んでいった。
あまりの吹雪に視界が覆われ、聖堂を塗りつぶしたあと。
その異界は、忽然と聖堂とすり替わっていた。
「うわ―――っ」
ドサッという音を立てて地面に転がり落ちた。
背中から落ちてしまったが、痛みはまったくと言っていいほどなかった。
代わりにあったのはひんやりとした感触。
これは・・・・・・
「雪・・・・・・?」
雪だ。
聖堂の硬い石床の代わりにあったのは、銀色に輝く雪だった。
「―――士郎!?」
遠坂が驚いたかのようにこちらに顔を向けた。
俺が落ちたのは遠坂のちょうど真横の辺り。
この異界を作り上げたアーチャーは遠坂の数歩前に仁王立ちしている。
なにやら怒鳴ってきているが良く聞き取れなかった。
遠坂の声に応えたいが、俺はそれどころではなかったのだ。
―――頭痛が思考を埋め尽くす。
この魔術、この異常がなんであるか、俺は理解できる。
理解など出来る筈がないのに、問答無用で、これがなんであるか読み取れる。
それが―――何より、脳を沸騰させた。
この世界には雪原が広がっている。
しんしんと舞う雪が、ゆっくりと雪原に降り積もっていく。
一面の雪原には、担い手のない剣が延々と続いている。
その剣、大地に連なる凶器は全て名剣。
その、剣と雪の中心に、赤い騎士は君臨していた。
「―――固有・・・・・・結界・・・・・・」
呆然と遠坂が呟く。
心象世界を具現化して、現実を侵食する大禁呪。
それが―――この世界の正体だった。
だだ、それはおかしい。
この世界が固有結界によるものならば、アーチャーのクラスは
いったいどんなイレギュラーが働けば固有結界を扱える弓兵などというものが存在しえるというのか!?
アーチャーの左腕があがる。
俺と遠坂の思考など関係なく、アイツの背後に立つ剣が次々と浮遊していく。
その一つ一つが全て宝具に匹敵するほどの魔剣、名剣の類。
「ひぃ・・・・・・っ!!」
それに、キャスターが悲鳴を上げた。
恐怖に駆られ神代の呪文を唱え、幾つもの魔弾をアーチャーへと放つ。
俺など触れただけで消し炭になりそうな威力が篭った魔弾。
信じ難いほどの魔力が詰まったそれは、
「“
アーチャーの目前に広がった花弁によりその役目を果たす事なく消え失せた。
一瞬で広がった七つの花弁はキャスターの魔弾を苦もなく防ぎ、この世界にその爪あとすら残す事はできなかったのだ。
アーチャーの指がキャスターを示す。
無数の剣が、キャスターへと切っ先を向けていく。
そのどれもが必殺の武器。
「――――――」
能面のような無表情はそのままに、アイツは号令を下した。
切迫したキャスターの詠唱。向かってくる剣弾へと腕を上げ、
「―――Maprog―――!」
『盾』の概念。空間転移する余裕がなかったのだろう。
黒いローブを覆うように、硝子のような膜が作り上げられる。
あの守りはもしかしたらバーサーカーに匹敵したのかもしれない。
だが、硝子というのが不味かったのか。
水晶で展開されたそれは、ただの一撃すら防ぐ事すらできず、粉々になって砕け、いともあっさりと剣の群れに突破された。
「ひ、あ、あああああああああああああ!」
・・・・・・絶叫が響く。
容赦など初めから存在していない。
降り注ぐ無数の剣弾がキャスターの体を一片の慈悲なく貫いていく。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!!?」
倒れそうになる体を剣が、地に落ちようとする腕を槍が、逃げようと動く足を斧が。
槍斧が、薙刀が、矢が、太刀が、鉈が。
ありとあらゆる凶器がそれぞれ必殺の断頭台となって惨殺を繰り広げる。
絶叫に応じて剣は数を増し、その数に応じて絶叫は高く大きくなっていく。
あまりにも一方的な殺戮。
もはやキャスターに抗う力などありはしない。
それを防ぐ事は叶わず、逃げる事などなおさら叶う事はない。
ただ慈悲なく、容赦なく、満遍なく降り注ぐ剣弾を前に、なすすべもなく無限循環の拷問を受け続けるのみ。
遠坂は目の前で広がる惨劇が信じられないかのように目を見張っている。
「ひ、あは、あははははははははははははははははは――――――!!!」
それで終わり。
キャスターはあまりの一方的過ぎる殺戮に、与えられる恐怖と痛みによって退場した。
―――世界が現実へと戻っていく。
アーチャーの心象風景は現実に押し負け消失した。
「アーチャー・・・・・・貴方・・・・・・」
あれほどの殺意を放っていたアーチャーは、今ではその片鱗すら見せていない。
遠坂の呟きが聞こえたのか、アーチャーは遠坂の方へとその体を向けている。
あの固有結界について訊くつもりなのだろう。あれについてあらかじめ知っていたのなら、あれほど驚きはしなかっただろうから。
俺も聞いておきたいと思いはしたが、いまはそんなことよりも・・・・・・
「セイバー・・・・・・!」
聖堂の奥、磔の祭壇の前で、セイバーはその身を床に預けていた。
「ぁ・・・・・・ん・・・・・・」
セイバーは床に伏したまま、苦しげに呼吸を漏らす。
駆け寄る。
たった数メートルの距離が、こんなにも煩わしい。
「―――シロウ」
セイバーの顔が上がる。
走り寄る俺を見て、セイバーは安心したように吐息を漏らし―――
「―――!」
そのまま俺を押しのけるようにして前へ出た。
ズブッ・・・・・・
肉に何かが刺さる音が聞こえる。
そして、
「え・・・・・・?」
呆然とするセイバーの声が聞こえた。
慌てて振り向くと遠坂も驚愕に目を見開いている。
二人の視線の先へと目を向ける。
そこには―――
「無事・・・・・・か・・・・・・?」
セイバーを庇うように仁王立ちし、全身を剣に貫かれたアーチャーがいた。
◇
何故アーチャーが私を庇う?
彼が私を救う理由などないはずだ。
「君も無茶をする。その状態でこれを喰らっては現界していられないだろうに」
なのにどうして彼はそこにいる?
どうして剣に貫かれてそこにいる?
どうして・・・・・・そんな満足そうな顔をしている・・・・・・?
「ああ・・・・・・私も人の事を言える立場ではない・・・か」
「アーチャー!」
凛がアーチャーに駆け寄る。
アーチャーは崩れ落ちそうになる自らの体を精神の力で無理やり立たせているようだった。
その視線は、更なる奥へと続く隠された階段へと向けられている。
剣弾が飛んできた方角へと。
そこには―――
「無礼者め!
金色の鎧を纏った、最古の英雄王がたたずんでいた。
「まあいい、セイバーを庇った特例だ。先の行いは不問に付す」
凛も、シロウも金色の鎧を纏ったサーヴァントを前に呆然としている。
それもそのはず。
セイバーである私、アーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、アサシン、そして先ほど倒れたキャスター。
すでに7人のサーヴァントは全て確認されている。
だからこそ本来ありえざる存在である第八のサーヴァントに驚いているのだ。
「理解したか。それが本物の重みというものだ。いかに形を似せ力を似せようが、所詮は作り物。本物の輝きには及ばない」
私は知っていたから驚きはしない。
だが、アーチャーからは驚きの気配が感じられないのはどういうことだろうか。
まるで、最初からその存在を知っていたかのような・・・・・・
「凛・・・・・・」
アーチャーが凛に目配せをする。
ラインを通じて凛はアーチャーの言葉を聞き取ったのだろう。
私にはその内容を知ることは叶わないが、凛は怒りを顕にしてアーチャーを睨んでいる。
「アーチャー、そんなことは赦さないわよ!」
「だが、それしかないのも事実だ。凛、君は聖杯を手に入れるのだろう? ならば効率の良い道を行け。それが魔術師というものだ」
その言葉に凛は押し黙る。
苦々しげに表情を歪め、一瞬泣きそうな顔をしてアーチャーを見た。
が、それもすぐに終わる。
凛はシロウに耳打ちをすると力の抜けた私の体を肩に担ぎ上げた。
「凛・・・・・・何を・・・・・・?」
「―――逃げるわよ。アーチャーが足止めをしてくれる」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「何故・・・・・・です。凛!」
「―――アーチャーがそれを望んだからよ。それに、それがもっとも有効な手だしね」
駄目だ。
アーチャーがどのような英雄かは知らないが、あのサーヴァントには勝てるはずがない。
最古の英雄王。彼は全ての富を、武具をその倉に持っているのだから。
「私も、戦います。アーチャー一人では無茶だ」
「本気? キャスターに抵抗して魔力の尽きた貴女じゃ手負いのアーチャーにも及ばないわ。足手まといになるだけよ」
「それでも―――」
「相談は終わったか、雑種。ならば疾く失せろ。セイバー以外は
ぱちん。
指を鳴らす音が聞こえた。
それとともに英雄王の背後に無数の凶器が浮かび上がる。
それに立ち向かおうと凛から離れようとする。
「・・・・・・シロウ」
「―――ごめん、セイバー」
「シロウ!?」
だがそれは叶わなかった。
凛の肩から取り上げられ、私はシロウの背に背負われた。
「―――行け」
アーチャーの声を合図に階段へと走る。
ぎりっという音。
それはシロウの、凛の悔しげに歯を鳴らす音だった。
鉄と鉄が打ち合う音が背中に響く。
せめてアーチャーの姿を目に焼き付けようと後ろへと顔を向けた。
二度にわたる恩義を忘れぬためにも。
そして・・・・・・
「――――――!?」
全身を剣で貫かれ、
“
それがその剣の名だった。
だがそれはありえない。
あの剣はあの時折れたはずだ。
あの剣の使い手などこの世に存在しないはずだ。
無数の剣弾を弾き、その中でその剣が砕けて消える。
そして次の剣弾が襲い掛かる前に新たな剣が顕現する。
その光景は、まるであの日、あの時の・・・・・・
「まさか・・・・・・」
そんなはずはない。
そんなはずはないはずだ。
だが目の前の光景がそれを事実だと言っている。
あの魔術を扱えるのは彼だけだ。
あの剣を私以外に知っているのは彼だけだ。
ならば、彼こそが・・・・・・
「・・・・・・
ドォォォォォン・・・・・・・・・
居た。
こんなにも近くに居てくれた。
誰よりも何よりも渇望した彼は、こんなにも近くに居てくれたのだ。
私たちをずっと見守っていてくれたのだ。
彼の所へ行こうと体を動かそうとするが、しっかりと抱かれているためそれは叶わない。
「はな・・・・・・し・・・て・・・・・・」
離して。
彼のところに行かせて。
もう一人は嫌だ。
彼と一緒に・・・・・・
「シ・・・ロウ! シロウ! シロウ! シロウ――――――!!」
ドォォォォォン・・・・・・・・・
私の願いを切り捨てるかのようにシロウは走る。
教会の門を出て橋を目指して走り続ける。
もう戦闘を繰り広げる音は遥か遠くでしか聞こえない。
だがそれも、すぐに収まった。
凛が不意に立ち止まる。
腕を顔の前に上げて、手の甲を眺めている。
そこに浮かび上がっているのは令呪。
それは―――アーチャーの死を告げるようにゆっくりと消えていった。
それを見届けて、私の意識は闇に染まった。