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「何・・・・・・あれ・・・・・・?」
 絶え間なく広場で鳴り響く剣戟。一対一の戦闘ではまずありえない、多対多による戦争の音。
 壁を抉り、床を砕き、そして骨肉を引き裂く生々しい戦場の音が広場から聞こえてくる。
 血煙が舞い、肉が飛び散り、粉塵が巻き起こる。
「■■■■■■■■■■――――――!!!!!!」
 その中心で荒れ狂うのは黒い暴風だ。
 雄叫びを上げ、巨大な斧剣を片腕で振り回し、自身へと迫ってくる無数の剣弾を悉く薙ぎ払っていく。
 左腕はもはや原型を留めておらず、肉は何か鋭いもので抉り取られ、先についているはずの手は、もはやただの肉塊と化していた。
「■■■■■■■――――――!!!」
 だがそれでも、黒い暴風は止まらない。
 ただ愚直に前進し、目の前の剣弾を一つ残らず薙ぎ払い、打ち落とし、己が肉体で受け止めながらもその歩みを止めない。
「うそ・・・・・・バーサーカーでも歯が立たないって言うの・・・・・・」
 遠坂の呟きも、広場から放たれる轟音によってかき消される。
 轟音の源である剣弾を次々に放っているのは、教会に現れたあの黄金のサーヴァント、英雄王ギルガメッシュ。目の前で剣を弾きながら前進してくるバーサーカーを忌々しげに睨みながら、絶やすことなく宝具の雨を降り注がせている。
 広場はもはや、元がどうなっていたのか判らないほどに破壊し尽されている。バーサーカーの振るう斧剣によって、降り注ぐ剣弾によって、斧剣に弾かれたあらゆる武装によって。
 その中でたった一箇所。たった一つだけ破壊が免れているところがあった。
「バーサーカー・・・・・・」
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。バーサーカーのマスター。彼女がいる場所だけが、破壊を撒き散らす剣弾と暴風から免れている。
 絶えず無邪気な笑顔をうかべていた、殺し合いには到底似つかわしくない少女。その少女が今は肩を震わせ、泣き叫ぶ一歩手前の顔で、自らのサーヴァントを見つめていた。
 蒼白になった顔は目の前の絶望を必死に否定している。
「■■■■■■■――――――!!!」
 彼女が無事なのは、ただの一つも己の後ろへと剣弾をやらないバーサーカーが生み出す暴風のためだった。それによって、かろうじてそこだけが広場の景観を留めている。
 襲い掛かる剣弾を弾き、防ぎ、叩き潰す。前進し、再度剣に貫かれる。
 だが、それでも歩みは止まらない。あまりにも規格外の敵を前にして、それでもなお黒い巨人は最強だった。前進を貫かれようが斬り裂かれようが、その歩みは一瞬の停滞もありはしない。
 ただ、己の武器を振るうために。目の前の敵を粉砕する為に。
 そして、
「――――――ッ!」
「■■■■■■■■■――――――!!!!」
 ついにその斧剣が黄金のサーヴァントへと振り下ろされた。
 もはや剣など何の役にも立ちはしない。無数の宝具を弾きながら、斧剣は一直線にギルガメッシュへと叩きつけられる。
 かけらも勢いは減じたりはしない。バーサーカーの渾身の一撃は、一瞬の停滞も無くギルガメッシュへと吸い込まれ、
「―――天の鎖よ―――!」
 虚空より現れ出た、幾条もの鎖によって拘束された。
「■■■■■■■」
 それはいかなる宝具か。鎖はバーサーカーの両腕を締め上げ、あらぬ方向へと捻じ曲げる。前進に巻き付いた鎖は際限なく絞られていき、バーサーカーの岩のような首さえも捻じ切ろうとする。
「チィッ、これでも死なぬか。かつて天の雄牛すら束縛した鎖だが、犬畜生とはいえ大英雄。その呆れた生命力だけは褒めてやる」
 バーサーカーが抵抗しギシギシと鎖が軋むも、それ以上は何も起こらない。鎖自身の強度によるものなのか、それともそれがその鎖の力なのか。全サーヴァントでも最強の膂力を持つであろうバーサーカーをその場へ縫いとめている。
「やだ―――戻って、バーサーカー・・・・・・!」
 令呪を使い、バーサーカーに強制撤去を命じる。
 だが、巨人は鎖に捕らえられたまま、一歩たりとも動く事はできなかった。
「なんで・・・・・・? わたしの中に帰れって言ったのにどうして」
「無駄だ人形。この鎖に捕らえられては、例え神だとしても逃れることはできん。否、神性が高ければ高いほど餌食となる。令呪による空間転移など、この我が許すものか」
「■■■■■■■■■――――――!!!!」
「フン・・・・・・このまま止めを刺してもよいが・・・そうだな。そこで貴様の主が死ぬ様を見ているといい」
 パチン。
 指がなり、ギルガメッシュの背後の空間が歪む。空間が裂け、幾つもの剣が虚空へと刀身を浮かび上がらせる。そのうちの一つでも放たれれば、イリヤの体は貫かれ物言わぬ屍と化すだろう。
 それを理解するよりも前に、
「生きたままが理想だったがこの際死体で構わん。人形如きがオレの手に掛かって死ねる事を光栄に思うがいい」
 固まっていた体が弾けた。



 ギルガメッシュの手が下ろされた。それと共に虚空に浮かんだ剣が一つ、イリヤスフィールへと突き進んでいく。その速度は先ほどのバーサーカーへ対する物よりも遅い。だが、それでも人間に容易く避けられるようなものではなかった。
 このまま行けばイリヤスフィールはなす術もなく剣に貫かれ、その生涯に幕を閉じるだろう。そして、それを止める術を私は持っていない。このタイミングではもはや令呪も間に合わない。セイバーに令呪を使っている間に、イリヤスフィールは剣に倒れるだろう。
 反応が遅れてしまった時点で、私にはもうなす術もなかった。
 そう・・・・・・私には。
「シロウ!?」
 私が間に合わない、そう思った時には士郎がすでに飛び出していた。あまりに唐突な行動に、私も制止の声が遅れた。セイバーがどうにか声を上げるも、それももう士郎の耳には届かない。届いていたとしても、士郎は止まりはしなかっただろうが。
「あの馬鹿・・・・・・!!」
 私も即座に強化の魔術を施しその後を追う。それを追い越すようにセイバーも続いた。
 士郎も強化の魔術を使ったのだろう。足の速さが尋常ではなかった。なんて迂闊―――! 目の前の戦闘に意識を取られ、隣で行われた魔術行使に気付かないなんて。士郎の性格を考えれば、こうするだろう事は予測できたはずなのに・・・・・・!
「あ・・・・・・っ」
 イリヤスフィールが声を上げる。自分へと迫ってくる剣を呆けたように眺めている。避けようとする動きは無い。避けられないのか、それともそれが自分の命を奪うものだと気付いていないのか。
 勢い良く広場へと飛び降り、石床を踏み砕きながら士郎が一直線にイリヤへと突き進む。
 ―――疾い。これならばギリギリで剣よりも早くイリヤスフィールに到達できるだろう。
 だが・・・それまで。イリヤスフィールを抱えて逃げるほどの余裕は無い。到達したその次の瞬間には剣がイリヤスフィールを貫いているのだ。それを回避する術は無い―――回避する術は。
 避ける事ができないのであれば、剣を叩き落とすなどして防御すればいい。走り寄る勢いのまま剣に何かを叩きつければそれは可能だろう・・・・・・通常ならば。
 剣がただの、何の神秘も篭っていないたたの剣であったなら、士郎が手にしている棒を強化して対抗できただろう。だが、アレはただの剣ではない。一級の宝具クラスの剣だ。真名を解放していなくても、それに込められた神秘は士郎程度の魔力など遥かに上回る。強化した棒程度で防ぎきれるものではない。
「アアァァァァァァァァァッ!!!!」
 セイバーが咆哮を上げ、蒼い弾丸と化して士郎へと向かう。だがもう遅い。いかにサーヴァント、いかに剣の英霊と言えど、これだけの距離を一瞬で無にすることはできない。
 それは、つまり・・・・・・
「え・・・・・・?」
 イリヤスフィールが近づいてくるシロウに気付いた。まるで信じられないものを見たかのように、驚きで表情が埋め尽くされる。
 士郎が走る。飛来してくる剣弾を叩き落そうと、棒を持った右腕を振り上げる。例えそれを叩きつけたとしても、かすかに勢いが削がれるだけだろう。いや、それさえも無理かもしれない。
 剣弾は棒を突き破り士郎の体を突き貫き、イリヤスフィールの中心へと向かう。もはやそれは逃れようの無い現実だ。諦めが思考の全てを支配した。
 ごめん、桜・・・・・・アイツ、守れなか・・・・・・
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
 私の弱音を吐いた心を吹き飛ばす、士郎の魂からの咆哮が私の耳に届いた。




 走る。走る。走る。ただ全力で、イリヤの元へと疾走する。
 すでに号令は下された。宝具は撃ち出され、その命を奪うべくイリヤへと真っ直ぐ向かっている。
 このまま行けば、宝具と俺の体はほぼ同時にイリヤへとたどり着くだろう。そこからイリヤと俺を同時に宝具から逃れさせる事はできない。イリヤを助ければ間違いなく俺は宝具に貫かれるだろう。
 だが、そんなことはもうどうでもよかった。

 “―――助けて”

 声が聞こえたのだ。

 “―――誰か助けて”

 今にも泣き出しそうな少女の声が。

 “―――助けて、シロウ・・・・・・”

 脚はすでに限界だ。魔力を限界まで脚に流した強化の魔術。それはサーヴァントとまではいかなくとも、人間に出せる速度の限界を超えた脚力を生み出した。だがそれゆえに生身の人間の脚が耐えられるはずもなく、俺の脚の筋肉はすでにズタズタに千切れているだろう。
 脚を動かす度に激痛が奔る。だがそれを気にしている余裕などない。一秒でも早く、一歩でも早く剣弾よりも先にイリヤのところで辿りつかなければならない。
 棒を持った右腕を振り上げる。強化すら施していない、来る途中で拾ってきた何の変哲も無いただの棒切れ。こんなもので、飛来してくる剣弾を防ぐ事はできない。
 俺は迷わずその棒を手放した。
 飛来する剣弾はまさしく宝具級の名剣。それに込められた神秘の前には、棒切れなど役に立ちはしない。強化を施したとして、俺程度の魔力では宝具の神秘に抗う事などできはしない。俺自身の力では飛んで来る宝具を防ぐ事はできはしないのだ。

 ―――ならば幻想しろ。
 ―――だから幻想する。

 ―――現実では敵わない相手ならば、想像の中で勝て。
 ―――現実では敵わないんだったら、想像の中で勝てばいい。

 ―――自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ。
 ―――自分が勝てないのなら、勝てるモノを幻想すればいい。

 ・・・・・・ああ、分かってるさ。
 俺に出来るのはそんなことしかない。そんなことくらいしかできない。

 ―――ならば作れ。
 ―――だから作ろう。

 ―――誰にも負けないモノを。
 ―――誰にも打ち勝つモノを。

 ―――最強のイメージを。
 ―――最強の幻想を。

 誰をも騙し、自分自身さえも騙しうる、最強の模造品を想像しよう。

 難しい筈は無い。
 不可能なはずもない。

 もとよりその身は―――
 もとよりこの身は―――

 ―――ただそれだけ、、、、 に特化した魔術回路―――!!!!!

投影トレース開始オン ―――っ」
 魔力を手の内に集中させる。限界を超えた強化の魔術で、俺の中の魔力はほとんど使い尽くされていた。残り僅かしかない魔力を根こそぎかき集め、投影の魔術を行使する。

 ―――創造理念鑑定・・・・・・!

 目の前にある剣を凝視する。
 視界に映るもの全てがスローモーションで動いている。極限の集中により、高速で展開される思考。それが、今までに無いほどの速度と精密さで魔術の構成を作り上げていく。

 ―――基本骨子想定・・・・・・!!

 手のひらに集めた魔力が形を成していく。収束され、精錬され、金属で構成された何かを形成していく。

 ―――構成材質複製・・・・・・!!

 高速で展開される思考を、更に上回る速度で魔術の構成が作り上げられていく。まるで、そんなものは当たり前であるかのように。それがお前自身であるのだと言うかのように。

 ―――製作に及ぶ技術を模倣し、
 ―――成長に至る経験に共感し、
 ―――蓄積された年月を再現し、
 ―――あらゆる工程を凌駕し尽し―――!!

「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」

 ―――ここに、幻想を結び剣と成す―――!

 手の中に感触が生まれる。まるで最初からそこにあったかのように剣が生み出される。それは目の前の剣とまったく同じ物。同じ素材から作られ、同じ人物によって鍛えられ、同じ英雄に振るわれた、同格の神秘を宿す宝具。
 ならば、
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
 それが飛来する宝具を迎撃できるのも道理―――!
 掌中に生まれた剣を握り締め、走り抜ける勢いのままに剣弾へと叩きつける。

 ―――硝子が割れる音がした。

 作り出した剣は折れ砕け、空気に溶けるように消えていく。魔力は霧散し、掌中の剣は最初からなかったかのように消え去った。
 剣は折れた。幻想は砕けた。まだ、宝具の域に届いていなかった。完全な再現はできなかった。
 だが・・・・・・
「貴様・・・・・・っ」
 飛来する剣弾を弾き飛ばすには十分だった。
 カラン、と言う音を立てて剣は床へ転がった。それを聞いて、
「ぐ・・・・・・ぁ・・・・・・」
 俺の体は崩れ落ちた。
「シ・・・・・・ロウ・・・・・・?」
 呆然としたイリヤの声が聞こえた。
 だがそれに応えることは出来ない。限界を超えた強化の魔術に、未完成の投影魔術。もはや体はぼろぼろだ。脚の筋肉はズタズタに引き千切れ立つこともできず、魔力は枯渇しきっており意識さえ朦朧としていた。
 それでも立たねばならない。そうしなければならない。イリヤを守る為に。
「どうし・・・・・・て・・・・・・?」
「観客がいたか。オレ の勇姿を見たいという気持ちは分かるが・・・・・・身の程を弁えろ」
 掠れるイリヤの声を無視し、男の右腕が掲げられる。背後に無数の宝具が浮かび上がり、その矛先をこちらへと向ける。
「王の刑を邪魔するとは何事か、雑種!!」
 号令。
 宝具のうちの幾つかが俺へと放たれる。俺にそれを避ける術はない。その選択肢ももとより存在しない。崩れ落ちそうになる体を無理やり立たせ、目の前の男を睨みつける。
 強化も投影もできない。ならば、せめてこの身を盾にしてでもイリヤを守りきる。
 目の前に迫る宝具を全て受け止める覚悟を固め、いずれくる痛みに備える。
 ―――突然、蒼い突風が目の前を通り過ぎた。
「はぁ―――っ!」
 それは目の前に迫った宝具を全て弾き飛ばし、俺の前に君臨した。
「無事ですか、シロウ」
「・・・・・・ああ、なんとか」
「そうですか、ではイリヤスフィールを連れて逃げてください・・・・・・と言いたかったのですが」
オレがそれをさせるわけはないだろう、セイバー?」
「―――ええ、それが当然でしょうね」
 セイバーとギルガメッシュが対峙する。セイバーは緊張した面持ちで、ギルガメッシュは厚顔不遜な笑みを浮かべて。
「・・・・・・最悪・・・ね」
 遠坂がそう声を漏らした。それは、まさしく今の状況だった。
 セイバーが臨戦態勢をとっているにもかかわらず、ギルガメッシュは特に構えもせずに佇んでいる。―ー―いや、アレに構えなど必要ない。アレはただ号令を下すだけでいいのだ。それだけで、必殺の宝具が持ち主の意に応えて砲弾のように放たれる。
「こうして貴様と対面するのは教会以来か。いや、アレは対面とはとても言えるようなものではなかったな。とすると、10年前が最後と言うことになるが」
「ええ、そうでしょうね。人類最古の英雄王よ」
 ピクリとギルガメッシュの眉が動いた。
「ほぉ・・・・・・オレの正体に気付いたか。まあ、あれだけ財を見せたのだからだいたいのあてはついただろうが・・・・・・まあいい。それよりもセイバー、覚えているか、オレが下した決定を」
「拒否します」
「・・・・・・なに?」
「拒否する、と言ったのです。貴様と共に生きるなど、気が違ったとしてもありえない」
「・・・・・・く―――ふ、はは、はははははははははははは!」
 何が愉しいのか、ギルガメッシュは腹を抱えて笑い出した。
「いいぞ、それでこそオレ の見込んだ女よ! ああ、この世に一つ程度は、オレに従わぬモノがいなければな・・・・・・!」
 本当に愉快そうにヤツは笑う。オレの事など、もはや視界にすら入っていないのだろう。イリヤのこともバーサーカーのことも意識の端にすら入っていないに違いない。今、ヤツの目に映っているのはセイバーだけだった。「よし、では力づくだ。聖杯を手に入れた後、その身に中身をぶちまけてやろう」
 パチン。
 ギルガメッシュの指がなり、その周囲に無数の宝具が浮かび上がる。
オレが聖杯を手にする様を、そこで見物しているといい。なに、そう時間を取らせはしない」
「そうはさせません!」
 宝具を放とうとするギルガメッシュへとセイバーが肉薄する。
 だが、それは放たれた宝具によって妨げられた。
「くっ・・・・・・!」
「そう急くな。後で幾らでも相手をしてやる」
 笑い、ギルガメッシュはイリヤへと宝具を放った。

 ―――背中が灼熱のように熱くなった。

「ぎ・・・・・ぁ・・・・・・」
「シロウ!?」
 間に合った。イリヤとの位置が近かったのが幸いした。かろうじて横っ飛びが間に合い、イリヤを抱いて宝具を避けることができた。
 宝具が掠ったのか、火傷したかのように背中が痛む。
「シロウ? シロウ!?」
 意識が朦朧とする。イリヤの叫ぶ声も、ぼんやりとしか聞き取る事が出来ない。
 掠っただけとはいえ、さすがは宝具。それに秘められた力は掠めただけで俺などひとたまりも無いらしい。
「士郎!」
「シロウ!」
 ドクドクと心臓の音が聞こえる。体から何か、致命的な何かが失われていくのがわかる。抱きかかえたイリヤの体の感触だけを頼りに、かろうじて意識だけは繋ぎとめるも、それもだんだんと薄れていくのがわかった。
「ちぃっ、また貴様か。先の事といい今回といい。偽者、、風情が、よほどオレの気を損ねるのが好きらしいな」
 ギルガメッシュの声が聞こえはすれど、それを意識に留める事ができない。限界を超えた魔術の酷使に宝具による負傷。なるほど、意識を保っていられるのが不思議なくらいだ。
「くっ、傷が深い。手持ちの宝石で足りるかどうか・・・・・・」
 遠坂が治癒の魔術を行使する。さすが一流の魔術師だ。徐々にではあるが、傷が塞がっていくのがわかる。
「シロウ! シロウ! シロウ!!」
 イリヤの体が震えている。何かに怯えるように、ビクビクと体を震わせて俺の体を下から揺する。
 ―――大丈夫。大丈夫だから。君は俺が守るから。だから、だからそんな顔をしないでくれ。
 いまだ痛みを訴える体を無理やり起き上がらせる。
「士郎!?」
「・・・・・・大丈夫だ、遠坂。遠坂のおかげで、傷は塞がった」
 脚に力を込める。感覚はすでに希薄で、動かすのがやっと。せいぜい立ち上がって、その場にたたずむのがせいぜいだろう。
「止めなさい士郎。傷を塞いだと言っても、それは表面だけよ。それ以上動くと命にかかわるわ」
「・・・・・・わかってるさ」
 だが、それで十分だ。それだけできれば、イリヤの盾になるくらいはできる。
 ゆっくりと懐のポケットへと手を伸ばす。土蔵で見つけた薬の入った試験管。ソレはあれだけ動いたにもかかわらず割れてはいなかった。
「それは・・・・・・!?」
 震える手でそれを口元へと運び、
「止めなさい、士郎!」
 噛み砕いた。