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『ねぎ君へ
  次の期末試験で、
  二―Aが最下位脱出できたら、
  正式な先生にしてあげる。
           麻帆良学園長 近衛 近右衛門』

 それは比較的簡単な内容に思えた。
 少なくともネギはそう思った。いや、思っていた。
 ドラゴン退治とか考えていただけに、安易にそう思ってしまったのだ。
 だがそれは認識を改めざるを得ない。目の前の光景を見てしまっては尚更に。
「な、なんて能天気な人達なんだ・・・・・・」
 あまりの予想外な事態にネギは頭を抱える。
 彼の目の前には自らが受け持った生徒たちがいる。
 ただし、何故か前列五人ほどが服を脱いでいたが。
 どうやら英単語を間違えるたびに脱いでいっているらしい。野球拳の亜種なのだろう。無論、イギリス人のネギに知るよしもない。
 あまりに能天気な生徒たちにネギは軽い絶望感に浸った。


 とある教師がどういう絶望を味わおうとそうでなかろうと、暇なヤツは暇なのである。
 時刻は14時少し前。
 エミヤは昼食を済まし、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいた。
 ここのところは不法侵入者もなく、平和な毎日を過ごしている。少し前にアキラたちと仲良くなってから、彼女らを中心に女子寮にも馴染む事が出来た。―――エミヤの作る料理が気に入ったのか、時々夕食を食べにも来る。
 それを嬉しく思いながらも、退屈な時間をどう処理しようかとも悩む。
 淹れた紅茶も飲み終わり、ふと外へと目を向ける。
 ここ最近は天気もよく、晴れ間が続いていた。今日も雲の無い晴天だ。
 こんな日は釣りでも楽しみたいのだが、生憎あいにくと道具がない。給料は貰ったが、生活必需品を買い揃えたところで余裕はなくなった。いざともなればサバイバルもできるが、それはさすがに遠慮したい。
 ではどうするか。
 ふと、最近来るようになった双子の姉妹に薦められた本が目に入った。タイトルは『人をおちょくる100の方法』。
「・・・・・・・・・・・・」
 なんとも言いがたい。
 人の嗜好を否定はしないが、それでも年頃の少女としてどうなのだろうか。軽くため息をつく。
 それでも暇であるよりはマシだろう。そう考え、エミヤはそれを読むことにした。タイトルのわりには、かなりの厚み―文庫本くらい―があるその本を。

「こんばんはー・・・・・・って、何をしてるんですか、エミヤさん?」
 日が沈む頃になると、寮長室には人が集まりだす。その大半―というよりは全員―が2−Aの生徒だ。
 まき絵たちが言い広めたのだろう。エミヤの作る夕食を目当てに、お腹を空かせた少女たちが集まってくるのだ。
「裕奈くんか、こんばんは。いや、借りた本を読んだらこれの作り方が載っていたのでな。面白そうなので作ってみたのだが・・・・・・失敗だったか」
「何を作ってたんですか?」
「何に見えるかね?」
「・・・・・・木製車輪無し自転車ですか?」
「どうやって使うのだそれは・・・・・・」
 裕奈の視線の先には、確かにそのように見える物体があった。
 木製のフレームが複雑な形で組まれており、枠の内部にはバネや金属製の軸などが組まれていて、かなりものものしいようであり、小学生の工作のようにも見える。
 エミヤはその『木製車輪無し自転車(仮称)』を手にして、
「とりあえず、ガンド君1号と名づけてみた」
「何に使うんですか、それは?」
「これはだな・・・・・・ふむ、百聞は一見にしかず。使って見せよう」
 そう言うとエミヤは、ガンド君1号についているハンドルをギリギリと回し、それ以上回らなくなったところで鉄球をバネが縮んでできた空間へと装填した。
 立ち上がり居間の窓を開けると、抱え込むようにガンド君を構え、外へと向け狙いをつける。そして、
「ガンド君、ファイアー!」
 引き金を引いた。
 するとゴオッという音とともに、鉄球がもの凄い速度で茂みへと飛んでいった。
 遠くの出来事のはずなのに、何故か聞こえたゴシャッという音。そしてカメラを女子寮の方へと構えていた男が倒れた。
「・・・・・・」
「ぬう、やはり失敗か。もう少し威力がある予定だったのだが」
「・・・・・・何を読んで作ったんですか?」
「これだ」
 エミヤが差し出した本のタイトルを読み上げる。
 『家庭で作れる100の兵器―歯車編―』
「・・・・・・」
 裕奈の額に汗が吹き出る。無論、冷や汗だ。
 双子だ。間違いなく双子の仕業だ。裕奈は即座にそう考えた。
 何故こんなものをエミヤさんに渡すのだろう。そして、何故エミヤさんもそれを作ってしまうのだろう。
 考えても仕方がないが、それでもちょっとだけため息をついてしまう。
 裕奈もエミヤの事をかっこいい―少しだけだが―と考えていたため、少々幻滅する。
「まあいい。変質者も撃退できたことだし、そもそもが暇つぶしであったからな。・・・・・・ところで裕奈くん。まだ夕食には早い時間だが、何か用事でも?」
 しかしそれもつかの間。エミヤの言葉にここへ来た目的を思い出したのか、裕奈は手に持っていた数冊の本と筆記用具をエミヤに見せた。
「もうすぐ期末試験なんで勉強会をしようと思ったんですよ。私の部屋に皆で集まると狭くなっちゃうから、エミヤさんのところでやらせてもらえないかなと思って」
 それになるほどとエミヤは頷いた。
 確かにもう三月の半ばだ。早いところではもうすでに期末試験は始まっているだろう。
 この学園はエスカレーター式らしいが、それでもやはり良い点をとっておくにこしたことはないだろう。
 その為に勉強会を開くのは確かに有益だ。拒否する理由もない。
 黙っているエミヤの姿に断られるのではと思ったのか、裕奈の表情は不安げだ。
 しかしそれも次の言葉を聞くまでだった。
「よかろう。勉学に励む学生を邪魔する理由などないしな。夕食は私が作るから、好きに勉強をするといい」
「ありがとうございます!」
 裕奈の顔が喜色に輝く。その笑顔ははっきりいって可愛らしい。
 裕奈は顔立ちは整っている方なので、こういった純粋な笑顔は実に魅力的だ。そういう趣味の人間なら一発でノックアウトしていただろう。―――まあ、エミヤにはそういう趣味はなかったのだが。
「では、皆を呼んで来るといい。場所の準備ぐらいはやっておこう」

「・・・・・・つまりここは」
「なるほど、だからここが・・・・・・」
「ここの訳は・・・・・・」
「・・・・・・そうなるんだー」
 寮長室は大賑わいだ。都合、8人ほどの少女が居間に置いてある大きめのコタツで勉強をしている。わからないところがあれば教えあい、ときどき問題を出し合ったりと、なかなか楽しそうにしている。
 最初はただ騒いでいただけなのだが、顔をしかめたエミヤを見てか、アキラを筆頭に勉強に集中しだしたところ、全員がそれに倣いだしたのだ。
 そんな少女たちを尻目に、エミヤは目の前にある食材と格闘をしていた。
 何せこれから作る夕食は自分を含めて9人分になるのだ。しかも育ち盛りの中学生である。食欲は旺盛と考えて間違いないだろう。
 エミヤは今夜の夕食は単純に鍋物にしようと考えていた。人数が人数なので、こまごまとしたものを幾つも作るより、大きなものをどーんと作った方が手間もかからないし、足りなくなったらすぐに追加できるからだ。
 そう結論づけると、エミヤは目の前の食材の山に包丁を下ろした。

「さて、用意が出来たぞ。みんな遠慮なく食べるといい」
 そんなエミヤの声が居間に響く。だが少女たちは料理に箸をつけることもせず、ただ圧倒されていた。
 何にと問われれば、目の前の食材の量にと答えるだろう。リアクションの大げさな裕奈もただただその量に圧倒されて、大したリアクションもとれないでいる。双子さえも騒ぎもせず、額に汗を浮かべている。
 少女たちの前には土鍋が三つほどコンロに乗せられ、ぐつぐつと中身を煮ている。
 大きなコタツを囲むように座っており、エミヤは台所に近い位置に座っている。そのエミヤから見て真ん中がチゲ鍋、向かって右が白菜鍋、左がほうとう鍋となっている。
「・・・・・・あの、エミヤさん。この料理はいったい・・・・・・?」
 全員がその量と豪華さに圧倒される中、なんとか冷静さを取り戻したアキラはおずおずとエミヤに訊ねた。
「私が作ったのだが、それがどうかしたのかね?」
「いえ、エミヤさんが作ったのは分かるんですけど。量が・・・・・・」
「ああ、その事なら気にしなくていい。追加の食材は既に準備が出来ている」
「そういう意味ではなくて・・・・・・」
「金の事なら気にしなくていい。君たちに心配されるほど不自由はしていないのでな。それよりも、遠慮なく食べてくれ。私としては残されてしまう方がつらい」
 エミヤの言葉に、それならばと鍋の中身に箸をつける。
『―――美味しいーーっ!!』
 途端、食卓から歓声が上がる。
 そうして次々と鍋の中身は少女たちの口の中へと運ばれていく。
 それを見届けてから、エミヤも鍋の中身を食べ始めた。

 食事は賑やかにすすみ、全員が満腹なる頃には8時を回っていた。
「さて、では解散としよう。明日も学校があるのだろう? 早めに寝ておくこと。夜更かしは美容に悪いぞ」
 解散することを少女たちは渋ったが、それでも美容という言葉には敏感なのか、しぶしぶと解散の準備をした。―――それでも双子は最後まで残ろうとしたが。
 少女たちが各々の部屋に帰った後、エミヤは食事の後片付けを始めた。用意しておいた食材は綺麗さっぱりなくなり、食べ残しなど微塵もなかったので、調理したものとしては嬉しい限りだ。
 片付けを終えると風呂を沸かし、一日の疲れを汗と一緒に流した。
 時計を見ると、9時を少し回ったところだった。


 時は少しさかのぼ り、バカレンジャーたちは図書館島へとやってきていた。
 なんでも、読むだけで頭が良くなる魔法の本というのを探しにやってきたらしい。
 テストが近いといっても、なんと安直な考えだろうか。しかも何故か10歳くらいの少年の姿まであった。しかもパジャマ姿。無論ネギのことだが、あきらかに自分の意思で来たようには思えない格好である。
「これが図書館島・・・・・・」
 学園都市の中でも、バカレンジャーにとっては無縁に等しい場所だろう。夕映ブラックを除いては。
 表にある一般向けの入り口ではなく、少し回った、普通は立ち入ろうとしない場所にある、図書館探検部の秘密の入り口から侵入しようとしている。曰く、近道だとか。
 なにはともあれ、少女たちは図書館の中へと入っていくのであった。魔法の本を手に入れるためという、壮大なのかそうでないのか、いまいち判別がつき難い動機で。

 様々な難関を超えて、少女たちは目的の地下11階へと辿り着いた。後はこの地下道を進み、魔法の本が安置されている部屋を残すのみである。
 様々な難関と一つに括ったが、それはそれは中学生どころか大人でも難しいようなものだったのである。
 何故か仕掛けてある罠をかいくぐり、どこから湧き出たのか湖を渡り、下に下りるために階段ではなくロープによる降下。きっぱりとレスキュー隊員並の難関である。
「ここまで来れたのはバカレンジャーの皆さんの運動能力のたまものです。おめでとうです。さあ、この上に目的の本がありますよ」
 そう言って光が漏れている通路の上部を指す。先頭に居たのでそれを開けようとするが、
「・・・・・・重いです」
 仕方がないので明日菜とバトンタッチ。
 明日菜が持ち前の力を発揮してなんなく扉を押し上げる。
 そのまま通路から頭を出し、部屋の中をざっと見渡した。明らかに怪しい像が二体。その間には石の台座があり、本が開いた状態でその上に乗っていた。
 それを確認したところで通路から出ようと床に手を置く。そして、
「遅かったな。まったく、待ちくたびれたぞ」
 背後から聞こえた声にビシッと固まる。
「どうしたのですか、アスナ?」
 通路の方には聞こえなかったらしい。
 突然固まった明日菜を不審に思ったのか、夕映が不思議そうに明日菜に声をかけた。
 それで硬直が解けたのか、明日菜は背後から声をかけた人の方へと向き直り、
「なんであんたがここに居るのよーーーーーっ!!!!!?」
 絶叫した。

「ほう」
 電灯などが無いにもかかわらず不思議と明るい部屋の中。恐らくは壁の素材自体が発光しているのだろう。そんな事を考えながらエミヤはバカレンジャーたちの言い訳を聞いていた。
 曰く、魔法の本を取りに来た。
 曰く、期末テストで最下位だと留年。
 曰く、小学生からやり直し。
 それなりに必死なのだろう。言い訳をする言葉もずいぶんと熱が入っていた。
 事情を聞いて、ふむ、とエミヤは考える。
 そしてチラリと像の方へと目を向けた。
「――――――」
 学園長と一瞬でアイコンタクトを成立させる。
(どういうことですか、学園長?)
(ネギ君に課題を出したのは確かじゃが、話がどこかで捩れとるのう)
(課題?)
(それは秘密じゃ。とりあえず、彼女たちを見逃してくれんかの)
(それは課題と関係が?)
(まあそうじゃな)
(わかりました)
 その間わずか0.2秒。それなり以上の実力者だからこそできる芸当である。
「なるほど、よくわかった。それならば何も言うまい。門限破りは不問にしよう。魔法の本が見つかるといいな」
「はい、ありがとうです。ですが心配には及びません。もう見つかっていますので」
「それはめでたい。ところでネギ」
 ちょいちょいと手招きをする。
「なに、エミヤ?」
 トコトコと近づいてきたネギの耳に顔を寄せると、
「課題とはいったい何の事かね?」
 そう小声で言った。
「え!? エミヤ、どうしてそれを?」
「少し前に学園長からな。で、何故黙っていたのかね?」
「それは・・・・・・」
「それは?」
「学園長が僕に直接出した課題だから、僕の力でやらないといけないと思って・・・・・・」
 それに、なるほどと頷く。
 昔はよく頼られたものだが、どうやらこちらに来て自立心が生まれたようだ。良い事である。教師という仕事はネギをちゃんと大人へと進歩させているようだ。
「立派になったな、ネギ」
 そう言って頭を撫でる。これは最早クセになってしまった行為なのだが、ネギはともかくとしてアーニャにやったときなどはすごいものだった。いきなり魔法の射手サギタ・マギカはひどいのではないだろうか。
 ともあれ、ネギの成長は喜ばしい。親代わりをした者としては特に。
「ではネギ。彼女たちについてやるといい。先生としてな」
「うん!」


「ひどい目にあった」
 ずぶ濡れになった服を絞りながらエミヤは呟いた。
 学園長の仕掛けた英単語ツイスターゲーム。それはまだいい。
 だがその先がいただけなかった。何故床を割って落とすのだ?
 学園長も安全を確信したからこそやったのだろうが、それでも事前に知らされていなかっただけに許しがたい。後で嫌がらせをしておこう。
 ともあれ、咄嗟のこととはいえ一緒についてきてしまったのだ。なんとかせねばなるまい。
「それにしても・・・・・・」
 なんとも言いがたい空間である。辺りは見渡す限り本と水で埋まっており、木の根っこも見えたりする。間違いなくあそこの地下なのだが、なんでこんな空間が都市の下にあったりするのだろうか。
 とりあえずネギたちを陸地へと運んだが、出口なども見当たらない。
 外と連絡を取ろうにも、もとより携帯電話など持っていない。
 地道に出口を探すしかあるまい。学園長も、まさか出られないような場所に生徒を落とす事もしないだろう。いざともなれば破壊してでも外へと脱出させてもらうが。
 エミヤはネギたちの体が冷えないように焚き火を作った。本当は濡れてしまった服も脱がした方がいいのだが、さすがにそこまで無思慮ではない。焚き火が出来ると、出口の目処をつけるために、エミヤは付近の探索を開始した。

 音信不通となったバカレンジャーたちに慌てたのどかとハルナが、盛大にこけてずぶ濡れになったのは余談である。