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 ―――なんだろう・・・・・・いい匂い・・・・・・
 明日菜は思わず空腹感を覚えてしまう匂いに目が覚める。
 意識はまだはっきりしておらず、寝起き同然のまなこで辺りを見渡す。
 まず目に入ったのは小さな滝。自分の頭くらいから流れ落ちている滝だ。先ほどからザーッという音がしていたのはこれだろう。
 次に目に入ったのは、水の中に立ち並んでいる本棚だ。いや、立ち並んでいるというのは少し語弊があるだろう。ピシャの斜塔のように傾いて乱雑に置いてあるそれを、整列しているなどとは、とてもではないが言えない。
 何故水の中に本棚があるのかは甚だ疑問だったが、意識のはっきりしていない状態ではそれも大した問題には思えなかった。それよりも匂いの原因にこそ興味があった。
 ふと、体重を預けている手に違和感を感じた。先ほどまでは何も感じてはいなかったのだが、意識がはっきりしだすにつれ、自分が何の上に手を置いているかがわかってきたのだ。
 視線を下ろすとそこには砂があった。海岸の砂浜のような、サラサラとした砂。よくよく周りを見ると、周りは水で囲まれており、自分のいるその砂場こそが唯一の足場のようだ。と言っても、少し水を渡ればすぐにまた別の足場があるのだが。
 何はともあれ、匂いの原因が気になって仕方が無い。自分以外の仲間はまだ寝ているようだし、自分一人で原因を突き止めるしかあるまい。無理に起こすのはどうかとも思うし、危険が伴うかもしれないからだ。決して、美味しそうな匂いの元を独り占めするためではないのだ。
 そう自分に言い訳ともつかない言い訳をすると、明日菜は匂いの元へと歩き出した。


「・・・・・・中華○番・・・・・・?」
 思わず明日菜が漏らした言葉は禁止ワードだ。つまり、そういう光景なのである。
 彼女は目を瞑り、軽く深呼吸をした。そして再び目を開ける。―――やはり、目の前の光景は現実であるらしい。
 目の前の男性が手に持った包丁を振るえば、瞬きする間に食材が綺麗に切り揃えられ、宙を舞ってそのまま中華鍋の中に入っていく。右手に持たれた中華鍋が振るわれれば、その中の具を一つとして落とすことなく宙を舞い、美しい弧を描いて再び鍋の中へと戻っていく。料理が完成されれば鍋が振るわれ、背後に置かれている食卓へと料理は落ちていく。―――勿論、皿の上に綺麗に盛り付けまでされている。
 きっぱりと異様な光景である。魔法使いなどという、御伽話ひじょうしきの世界を知ってしまった明日菜だが、このような光景を見るのはさすがに初体験だった。
「アスナー、どーしたん?」
「いや、どーしたって言われても・・・・・・って起きたの、このか?」
「他のみんなも起きとるでー。それでどーしたん、アスナ? なんやええ匂いがするんやけど」
 木乃香の後ろを見ると、確かに全員起きていた。どうやら匂いにつられてやって来たらしい。
「確かにいい匂いでござるな。エミヤ殿が作っているのでござろうか?」
「正解。エミヤさんが作ってるのよ・・・・・・」
「? どーしたアルかアスナ? なんかなんとも言えないものを見たような表情アルよ?」
「いや、ちょっとすごいものを見ちゃって。・・・・・・料理って本当に光ったりするのね」
 明日菜が漏らした言葉に、何故かウンウンとネギまで頷いている。・・・・・・どうやら、彼も常々そう思っていたらしい。それも当然だろう。彼の姉の料理は決して光ったりはしないのだから。
 明日菜の言葉の意味が通じなかった他のメンバーは頭に疑問符を浮かべたが、たいしたことではないと考え、料理を作り終えて後片付けをしているエミヤの下へと向かった。
「エミヤさーん、相変わらずいい匂いさせてるねー!」
「む、ようやく起きたか。皆おはよう。朝食の用意は出来ているので、席についてゆっくり食べるといい」
「わー、エミヤの手料理は久しぶりだよー」
 ネギが本当に嬉しそうに歓声を上げた。
「そういえば、なんだかんだ言って結局遊びに行った事ないわね」
「私もないです」
「拙者もないでござるな」
「私もアル」
「ウチはあるでー」
「そういえばこの中で来た事があるのは、まき絵くんと木乃香くんだけだったかな」
「エミヤさんの料理はとっても美味しいんだよー」
「まき絵、よだれ、よだれ」
 各自、思い思いの席に着く。砂丘の上に設置されているにもかかわらず、食卓はしっかりと安定しており危な気が無い。椅子もグラグラしていないから、姿勢が崩れたりもしなかった。
 見れば、脚の下に板を設置して安定感を保てるようにしてあった。心遣いもここまでくれば一流の執事であろう。・・・・・・タキシードとか似合うのかもしれない。
「それでは食事にしよう。腹が減っては戦はできぬと言うからな」
 エミヤの言葉はもっともである。一晩経っているためだろう。少女たちの体は栄養をこれ以上ないというくらい求めていた。
「それでは」
「遠慮なく・・・・・・」
『いただきまーす!!』


「美味しかったーっ!」
「ニンニン♪」
「・・・・・・美味しかったです」
「光っていただけの事はあったわね・・・・・・」
 エミヤの料理は今日も好評のようだった。朝から中華ではあったが、あっさりとした味付けだったからだろう。たくさん食べても胃がもたれるような事もなく、食卓の料理はあっという間に少女たちの胃の中へと消えていった。
「ご馳走さまでした、エミヤ」
「お粗末さまでした、ネギ」
 食卓の上には、今はお茶が入った湯のみが置かれている。それを啜りながら少女たちはエミヤの料理に感動していた。はっきり言ってそこらのレストランよりも美味しいのである。それも当然と言えよう。
 少女たちが舌鼓を打った朝食後のお茶。それも終わりを迎えると、この広大な地下空間の事を話すためにネギが口を開いた。
「そういえば、ここはどこなんでしょうか?」
「そーねー。やたらと広いし、本棚は水に浸かってるし」
「何故かは知らんが食材があり調理器具まである」
「どーなってるアルかね?」
 全員で考え始める。はっきり言って、エミヤにもここがどう言った場所なのかいまいち判ってはいない。探索したため予想はついてはいるが、あまりにも斜め上にいっているため確信がもてないのだ。
「―――恐らくですが、ここは幻の『地底図書室』だと思われます」
「『地底図書室』?」
「はいです」
 曰く、貴重書がいっぱい
 曰く、本好きの楽園
 曰く、生きて帰った者はいない
「じゃ、なんで夕映が知ってるアルか?」
 お約束というヤツです。

 閑話休題

 ネギたちが地底図書室へと落ちてから二日目。彼女たちはテストの日を翌日へと控えていた。
「ではこの問題の答えを佐々木さん」
「ハーイ、35です」
「正解です」
 相変わらず脱出はできてはいなかったが、何故か、、、あった教本を使い、テストに向けて全員で勉強をしていた。そしてこれまた何故か、、、あった黒板を使ってネギが勉強を教えている。
 エミヤはその場にはいない。脱出経路の捜索の為に彼は一人でこの広大な空間を歩き回っているのだ。無論、少女たちも手伝うとは言ったのだが、彼は断固として聞き入れなかった。
 テストが控えているのだから勉強をしなくてはいけない、そう言われては少女たちも引き下がらざるを得なかったのだ。・・・・・・彼女たちも留年は嫌なのである。
 少女たちが勉強をしている間、エミヤはそう遠くは離れていない場所にて扉を発見していた。恐らくは脱出路なのだろう。扉の上には非常灯がついている。
 それだけなら少女たちを呼んでさっさと脱出を図るのだが、扉に張られている板が問題だった。それがエミヤに頭痛を起こさせている。
 『第1.英語問題 readの過去分詞の発音は?』
「・・・・・・」
 学園長だ。間違いなく学園長の仕業だ。いったい何を考えているのだろうか。まさか本当に今回のためだけにこの空間を用意したと言うのだろうか。それはそれですごいが、その労力をもっと他のところに使うべきではないだろうか。
 エミヤは本気でそう考えたが、すでに過ぎたことだと諦め、せっかくなので利用させてもらう事にした。ネギたちの勉強に区切りがついたらここに案内すればよかろう。
 あまった時間をどう使うか。それを考えながら、エミヤはネギたちの方へと歩き出した。

「でも不思議だよねー。こんな地下なのに都合よく全教科のテキストあったり・・・・・・。トイレにキッチン、食材付きで・・・・・・」
「いたれりつくせりアルね」
 まったくワケが解らなかった。本棚を適当に漁ったらあっさりとテキストが見つかり、少し歩けば黒板がチョークと一緒に置かれていた。幾つか空の木箱も置かれており、未使用のノートまで存在していたのだ。ものすごく都合が良過ぎる。
「一生ここにいてもいいです」
 コレ異常ないというくらいリラックスしている夕映。長椅子に寝ながらジュースを片手に、優雅に本を読んでいる。その顔は本当に幸せそうに緩んでいた。
「ではワタシたちも少し休憩にするアルか」
 そう言いながら古菲はまき絵の方へと視線を向ける。なにやらこそこそしているのを気配で感じたからだ。
 まき絵はタオルを持ってどこかへ行こうとしていた。タオルまで用意してあるあたり、やはりこの空間は都合が良過ぎる。
「お、マキエ。どこ行くアルか?」
「えへへ、ちょっとね」
 それだけで古菲はピンときた。同じ、年頃の女の子なのである。考えることは同じなのだろう。
「あ、わかた。いいネ、付き合うアルよー」
「では拙者も」
 思うところは皆同じのようだ。三人はこそこそとタオルを持って、少し離れた小さな滝へと足を向ける。
 幸い、本棚がたくさん並んでいるので、人目を隠してくれる。水浴びにはもってこいだろう。・・・・・・人目と言ってもエミヤの視線だけだが。ネギは子供なので対象外らしい。
 何はともあれ、三人は水浴びに適した場所を探して歩いていた。しばらくすると、本棚の向こうからパシャパシャと水を弾く音が聞こえてきた。どうやら、先客がいたらしい。
 ―――この時、声を出して確認するべきだったのだろう。
 誰だろうと思いながら、まき絵が少し高め―楓より少し高い―の本棚の陰から顔を覗かせ・・・・・・
「む、誰かね?」
 中学生には少々刺激の強いものを見てしまった。
「き・・・・・・」
「き?」
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!?」
 悲鳴。
 無理もないだろう。成人男性の裸体など、中学生には刺激が強すぎる。少々変わった人間が集まっている2−Aでもそれは変わるまい。
 重大な部分はタオルで隠してはいるが、エミヤの鍛え抜かれた肉体はそれだけで破壊的な刺激を生み出している。同性でさえも、その鋼のような肉体にある種の憧れを抱くかもしれない。
 そんなものを至近距離で見てしまったまき絵が悲鳴を上げるのは、ある意味では当然と言えた。
「・・・・・・何も悲鳴を上げなくても」
 年頃の女の子のことなどさっぱり判らないエミヤが呟いた。
「無理ない思うが・・・・・・」
「でござるな」
 そう言う古菲に楓も、悲鳴を上げはしないまでも手で顔を覆い隠している。・・・・・・その指が僅かに開いているのはご愛嬌と言ったところか。
「・・・・・・まあいい。ところで、君たちも水浴びに来たのかね?」
 いそいそと水から上がって服を着ると、エミヤはそう切り出した。
 まき絵たちはエミヤが服を着たのを見て、顔を覆っていた手をどけた。・・・・・・つまり、きっぱりと全部見ていたのだが。
「そうアルよ。二日も入ってないと、さすがに汗臭いアルからね」
「ニンニン♪」
「・・・・・・」
 まき絵は先ほどの事が思い出されるのか、顔を赤くしてうつむいていた。相当刺激が強かったらしい。そのことに少しだけ申し訳ないと感じながらも、そんなに見苦しかったのだろうかと若干エミヤは傷ついていた。女心のわからない男である。
「ふむ、それについては同感だな。私もそれを理由に汗を流していたわけだし。それでは私は早々に立ち去るとしよう」
 それでも表面上は冷静に繕う。そこら辺は大人な対応と言える。
 エミヤは足早にその場を立ち去ろうとする。
「エミヤ殿・・・・・・」
「む? 何かね?」
「覗いては駄目でござるよ?」
「―――了解した」
 今度こそ本棚の陰へと消えると、エミヤは足早にその場を後にした。


「きゃーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!?」
 エミヤが読書を楽しんでいると、先ほどまき絵たちと出会った場所から悲鳴が上がった。しかも悲鳴を上げたのはまたもやまき絵だ。
 何事かと思い、本を閉じ、そちらへと歩を進める。
 その歩みはゆっくりとしていて、あまり急いではいない。ここが安全である事は確認済みだからだ。なにより、学園長が危険を許すはずも無い。となると、学園長の歳に似合わない愉快な悪戯だろう。
 そう考えたエミヤの歩がゆっくりになるのは当然と言えた。
「あ、エミヤさん」
「エミヤー!」
「む、どうしたね?」
 エミヤがまき絵たちの方へと歩いていると、別の方向から同じ方向へと駆けて行っているネギたちを発見した。中でも、木乃香はずいぶんと慌てているようだ。
「エミヤさんも早く来て!」
「いや、だからどうしたと」
「いいから早く!」
「・・・・・・やれやれ」
 明日菜に急かされてエミヤも足を速める。
 まき絵たちがいる場所まで来ると、エミヤは本棚の陰に立ち止まる。明日菜たちは勢いがついており、エミヤを追い越してそのまま、まき絵たちの方へと駆け寄って行った。
動く石像ゴーレムーーっ!!?」
「なんでこんなところにいんのよ!」
 そこには魔法の本が安置してあったところにいた動く石像ゴーレムがいた。右手にまき絵を掴み、ゆっくりとネギたちの方へと足を進めている。
「ネギ君、助けてーーっ!」
「まきちゃん―――っ!?」
「さ、佐々木さん―――っ」
 まき絵が危険だとネギは考え、魔法の矢を放つために詠唱を開始した。エミヤはそれに素早く反応すると、おもむろに本棚から一冊本を取り出し、ネギへとまっすぐに放り投げた。
「あう―――っ」
 見事に命中。本棚の裏から見えない位置にいるネギの頭に、それは見事に命中した。よって、詠唱は中断され、魔法の矢は不発に終わる。
「エミヤ、なにするの!?」
「―――それよりも、早く服を着てくれるとありがたい。出るに出られないのでな」
 ネギの抗議の声をひとまず無視し、エミヤは少女たちに服を着る事を促した。その声にようやく気付いたのか、木乃香が自分たちの服を取りに来た道を引き返していった。
 それを見てからエミヤは本棚の裏からネギたちに声をかけた。
「・・・・・・まあ、とりあえず逃げるのが先だろうな。出口まで行くとしよう」
「フォフォフォ、無駄じゃよ。出口はない」
「・・・・・・先ほど滝の裏に隠れているのを見つけましたが」
「フォ―――ッ!?」
 石像ゴーレムが硬直する。あっさり見つけられるとは思わなかったのだろう。明らかに動揺しているそぶりを見せる。石像が硬直している隙に、夕映は石像をじっくりと観察していた。どういう原理で動いているのだろうかと、未知への好奇心がそれをさせていた。その結果なのか・・・・・・
「あっ!? みんな、あの石像ゴーレムの首のところを見るです!」
「え・・・・・・。あっ! あれはメル・・・なんとかの魔法の書!?」
「そうです! というわけで本をいただきます! まき絵さん、クーフェさん、楓さん!」
『OK! バカリーダー!」
「フォ・・・・・・!?」
 古菲の突きが石像ゴーレムの脚に放たれ、あっさりと石で出来た脚を粉砕した。それでバランスを崩した石像ゴーレムの右手を蹴り上げ、まき絵を宙へと投げ出す。それを楓がキャッチし、まき絵が抱きかかえられたその状態で、石像の首にあった本をリボンで釣り上げた。
「フォー・・・・・・!!?」
「キャーーッ♪ 魔法の本取ったよーっ」
「バカレンジャー、ホントに体力だけはスゴイです」
 そう言う問題ではない気がする。エミヤとネギはそう考えたが、彼女たちがそれで納得しているのであればとあえて突っ込まなかった。
 少女たちは木乃香が持ってきた制服に走りながら着替えて行く。エミヤは出口を知っているので一番前を走っているため、少女たちの着替えを見る事は無い。しかしそれでも恥ずかしいのか、少女たちは軽く頬を染めていた。
「ついたぞ、これだ」
「やった・・・・・・て、何コレ!?」
「扉に問題がついてる・・・・・・!?」
「どうやら問題に正解しなくては先に進めないようですね」
「こんなのいきなり聞かれても判んないわよ!」
「まっ・・・・・・待つのじゃー」
「キャーーッ追いついてきた!」
 石像ゴーレムは巨体に似合わずそれなりの速度で迫ってきていた。石像はきっぱりと無害なのだが、如何せんそれを少女たちは知らないし、石像の主それを面白がっている節がある。歳に似合わずお茶目な方だ。
 とりあえずエミヤは石像がこれ以上迫って来ないように足止めをすることにした。あまり少女たちが怖がる姿を見たいとは思わない。・・・・・・笑い泣きといった様子ではあったが。
 扉から少し離れ、石像へと向かう。幾ら無機物のロボットもどきと言えど、中身は学園長。遠隔操作ではあろうが、それは式紙と扱いは変わらない。この石像を破壊すれば、学園長にもそれなりのダメージがいってしまうだろう。・・・・・・まったく、気を使わせる。
「おおっ!?」
「ひ、開いたーー!?」
 石像はただ手を伸ばして捕まえようとしてくるだけなので、いなすのは比較的簡単だった。学園長も、やはりその辺りは考慮しているのだろう。
 エミヤが石像の相手をしている間に、問題に正解したのか扉が開いた。少女たちは急いで中へと入っていく。エミヤも石像をこかすと、さっさと扉の奥へと身を入れる。
「うわっ、何コレ!?」
「らせん階段!?」
 通路の奥は上層へと続く螺旋階段があった。そこから先も、お約束と言うべきなのだろう。最初の扉と同じように問題がついた扉が行く手を阻んでいた。・・・・・・まあ、最初に“第1”とか書いていたので、あることは十分予想出来てはいたのだが。

 閑話休題

 少女たちは次々に問題を解いていき、ついに一階へと続く直通エレベーターに辿り着いた。そして勿論お約束の・・・・・・
『―――重量OVERデス』
「本当にお約束だな」
「落ち着いてる場合ですか!?」
「・・・・・・まあ、私はここに残るとしようか。一応、年長者だしな」
 いまだエミヤが乗ってもいないのに重量オーバーのブザーがなった。スペースに余裕はあるので本当に重量オーバーという事はないだろう。エミヤはそこまで考え、足元に置いてある本に視線を向ける。
 恐らく、あの本に反応しているのだろうが、それを進言してもよいものだろうか。これはネギに対する学園長からのテストだろう。ならば、自分が口出しをするわけにはいくまい。・・・・・・さて、どうするか。
「フォフォフォ、追い詰めたぞよー」
「キャーーッ」
 とうとう石像が追いついてきてしまったらしい。しかし、壁を砕きながら来るその姿はある意味圧巻だ。エミヤもつい冷や汗を流す。・・・・・・あれの修理はいったい誰がするのだろうか。
 そんな事をエミヤが考えていると、ネギがエレベーターから飛び出してきた。
「僕が降ります!! みなさんは先に行って、明日の期末を受けてください」
 その言葉にエミヤは軽い感動を覚えた。まだまだ子供だと思っていたが、もう一端の教師をやっている。魔法を封じているにもかかわらず、動く石像の前に立ち、生徒を守ろうと言うのか。幾ら私もいると言っても、それは10歳の子供に出来る事ではないだろう。・・・・・・成長したな、ネギ。
「フォフォ、いい度胸じゃ。くらえーい」
 石像が手を横に払ってくる。私はそれの射程外だが、このままだとネギに当たるだろう。そう思い、ネギの救出へと体を動かそうとして・・・・・・
「あうっ!?」
 それよりも早い救出の手に足を止めた。そちらを向けば、明日菜が本を石像に本を放り投げていた。
「フォ・・・・・・」
 本が石像に当たるのと同時にエレベーターが動き出す。それを見送り、エミヤは石像が落ちていった穴へと歩み寄った。底は見えないほどに深いようだ。
「・・・・・・学園長、無事だといいが」


 結論から言うと、学園長は無事だった。
 あの後再び降りてきたエレベーターを使って地上へと脱出し、テストの結果をネギと一緒に見たのだが、2−Aは最下位と結果が出たのだ。
 しばらくネギがその結果に呆然としていると、学園長がその場にやってきて、遅刻組の点を入れ忘れたと告げてきた。その時、学園長の無事を確認したのである。・・・・・・フィードバックのせいで、頭に絆創膏を張っていたが、それだけで済んだのは幸いだったのだろう。

 その夜、ネギの正式な教師の任命を祝う宴が、女子寮の寮長室にて盛大に行われた。