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 春休みに入ると、実家に帰省する生徒も出てくるので寮長の仕事はぐんと減る。
 もともと大した仕事などありはしなかったので、これでますます暇な時間が増える事となった。
 寮に居てもやる事がないので、エミヤはネギと共に学園の中を散歩していた。ネギは教員としての仕事があったので、あまり都市内を回れてはいないのだ。ネギに頼まれたらしく、明日菜と木乃香も一緒である。
 ネギは最初、明日菜に案内を頼んだらしいのだが、明日菜が木乃香を誘い、木乃香が暇そうにしているエミヤに気を利かせて、一緒にどうかと言ってきたのだ。エミヤにはそれを断る理由など欠片もなかった。それでありがたく同伴させてもらっているのである。
 エミヤは料理について木乃香と語り合いながら、ネギは明日菜とじゃれ合いながら歩き回る。時折これは何なのかというネギの質問に木乃香と明日菜が答え、ときには質問をされる前に建物の説明を行う。エミヤはすでに散策を終えた後だったので特に目新しいものはないが、ネギが明日菜たちと楽しそうにしている様を見ているので飽きはしない。気分はかわいらしい弟を持った兄というところか。
 しばらくエミヤがその様子を眺めていると、ぐーっとネギの腹が鳴った。それが恥ずかしかったのか、ネギが照れ笑いを浮かべる。
「そういえばお腹空いたわねー」
「せやなー。もうすぐお昼やし」
 チラチラとこちらを見ながら言ってくる。その様子に苦笑する。少女たちはエミヤに奢ってくれと言っているのだ。ネギも少々情けない顔でこちらを見ている。ネギも同じ気持ちらしい。そんな少女たちの小さな願いを断れるほどエミヤは非情ではなかった。
「そうだな。では昼食にしようか。それぐらいは奢らしてもらおう。付き合ってもらった礼だ」


「あー、美味しかったー」
「もう食べられへんわー」
 食堂棟の一角で食事を終える。食堂棟というだけあって、その中は食事処がたくさんあった。古今東西、あらゆる料理がそろっている。エミヤも料理をする身なだけに、そのレパートリーは大変興味深かった。今度来たときにはレシピを聞いておこうと決意する。
 しばらく食後のまったりとして空気を愉しむと、エミヤたちは食堂棟をあとにした。明日菜が見晴らしの良いところへと案内してくれるらしい。
 しばらく明日菜と木乃香の先導に従っていると、ベンチが幾つか置いてある広場へとついた。
「こっちよ。ここから見てごらん、ネギ」
 手摺がついている方から明日菜が手招きをしてくる。それに従い、エミヤとネギはそちらへと赴く。そこから見えたものは・・・・・・
「うわあーーーーっ!」
「・・・・・・これは、壮観だな」
 それは確かにすごいものだった。特別見ごたえのあるものがあるわけではない。だが、学園都市全体を見渡せるその場所はとても気持ちのいいものだった。こうしてみると、あれだけ広く感じた麻帆良の学園都市も小さなものに思えてくる。
「す・・・・・・すごい。とても回りきれないです」
 こうして改めて見ると、麻帆良はかなりの大都市にもかかわらずかなり自然が多い。創設者の意向なのだろうが、代々都市を管理する人間や、実際に住んでいる住人の努力の賜物なのだろう。いや、ここの人々は努力をしているという気さえないのかもしれない。それだけ麻帆良の自然は人工的なものがないのだ。
 ネギが麻帆良に対して嫌な気持ちを抱かない理由の一つとしてそれが挙がるだろう。ネギの故郷も自然に満ちた、とても柔らかな空気を持つ土地だったのだから。
「いい場所でしょ? ここからなら麻帆良全部が見渡せるからね。気に入った?」
「はい! とても気に入りました!」
「ああ、確かにいい場所だな。風も心地よい」
「うーん、ホンマやなー。えー天気やし、こんな日はピクニックでもしたいなアスナー」
「そうねー。たまにはそんなのもいいかもね」
「あ、僕もピクニックしたいです」
「それは楽しそうだな。その時は私もついて行ってもいいかね?」
「お、なになに? 何話してんの?」
 ピクニックに出かける計画を建てていると、自転車にまたがった少女が近寄ってきた。エミヤはその顔に見覚えはあった。と言うより、寮で生活をしている生徒のすべての顔と名前が一致しているのだ。はっきり言って異常にもほどがある記憶力である。
「おや、和美くん」
「あ、朝倉さん。こんにちは」
「うんうん、こんにちは。で、何を話してたの? 寮長さんもいるし、なーんだか楽しそうだったけど」
「実はやなー」
 木乃香がピクニックについて話すと、自称“麻帆良一のパパラッチ”朝倉和美は・・・・・・
「私も混ぜろ」
 その遠慮のない言葉に苦笑する。和美らしいと言えば和美らしい。結局、和美と木乃香、明日菜、ネギ、エミヤの5人で、春休みの間にピクニックに行くことが決定した。
 しばらく5人でピクニックの計画について話し合う。まあ、ほとんどが和美のエミヤに対する質問で時間が潰れてしまった感があるが、それもまた和美らしかった。
「あや? おじいちゃんからメールやわ」
 ちょうど日取りが決まって、次にどこに行くかを話し合っていたそのとき、木乃香の携帯電話が軽快な音を奏でた。学園長からのメールということだが・・・・・・
「うちら二人に用事やて」
「げー」
 その内容を聞いて明日菜が本当に嫌そうな顔をする。面倒くさいと言わんばかりの表情だ。まあ、実際面倒だと考えているに違いないが。
「あちゃー、それなら仕方ないね。行き先は私が考えとくから、あんたたちは学園長のところへ行っといで。私もこの後用事が控えてるし」
「それがよかろう。私たちは私たちで学園内を散歩するとするさ」
「悪いわね。じゃあ行こっか、木乃香」
「あーん、待ってーアスナ」
「じゃあ私もそろそろ・・・・・・」
「あ、はい。行ってらっしゃい。ピクニック、楽しみですね」
「うんうん、楽しみだねー。それじゃあね」
「ではまた」
 少女たちと別れ、ネギとエミヤは再び学園の散歩を開始した。男二人の、華などまったくない散歩。だがそれも幸いなことに、すぐに終局を迎えることとなった。
「ネギ先生ーっ。エミヤさーんっ。何してんのー!?」
「あ。鳴滝さん達だ。こんにちはー」
「こんにちは、風香くん、史伽くん」
「こんにちはー」
「ちあーーっ!」
 2−Aのいたずら小悪魔こと鳴滝姉妹。小学生にしか思えない身体で、元気が有り余っていることをアピールしながら近づいてくる。
 彼女たちはよくエミヤの部屋に遊びに来る。エミヤにとっては可愛い妹ができたような気分だ。彼は生前にも妹のような存在はいたが、だんだんと色っぽくなってきて邪な考えを抱かないように苦労したものだ。彼女はそれを判っているのかいないのか、ずいぶんと無防備なのでなおさら苦労は強かった。
 まあ、そんな昔の話は今はあまり関係ない。
 せっかくなので、彼女達に学園の案内を頼むことにした。
「いいですよー。学園の案内ですね」
「それならボクら散歩部にお任せあれ!
「散歩部? どういう活動をしてるんですか?」
「名前通りならただ散歩をするだけの部活だが・・・・・・」
「ふっふっふっ。エミヤさん、その認識は甘いよー。散歩競技は世界大会もある知る人ぞ知る超ハードスポーツなんだよ! プロの散歩選手は世界一を目指し、しのぎを削って散歩技術を競い合い、『デス・ハイク』と呼ばれるサハラ横断耐久散歩では毎年死傷者が・・・・・・」
 散歩競技なるものについて熱く語る風香。ネギはそれを聞いてもはや泣き出しそうである。そんな危険な競技に、年上とはいえ教え子が出ていると言うのだ。心配なのだろう。
 が、エミヤは見逃さなかった。風香の目に悪戯心が滲み出ている事を。
「ほぉ・・・・・・それは大変だな。ところで、散歩の語源は『五石散』から来ている事は知っていたかね? 虚弱体質を改善する薬で、効き始めると『散発』といって体が温まり薬毒を発散する。散発を早め、薬毒を体にこもらせないために薬を飲んだ患者を歩かせたのだ。そうしないと発散しきれなかった薬毒で死ぬからな。その患者を歩かせる行為を『散歩』と言い、これが今の散歩の元となっているものだ。現代でも散歩は健康法として知られているが、まさかそんな競技になっているとは・・・な」
 そこでニヤリと笑う。
 風香と史伽はそのエミヤの笑った顔を見てガクガクと震え、ネギはエミヤの雑学に関心していた。

 閑話休題

 ネギたちは鳴滝姉妹に連れられて体育館に来ていた。彼らの目の前では青春の汗を流す女子生徒がそれぞれの部活に励んでいる。
「やほー、ネギくーん、エミヤさーん」
「あ、ゆーなさんこんにちは」
「こんにちは裕奈くん」
 その中からバスケットボールに励んでいた生徒が一人こちらへとやってきた。額にはしっかりと運動をした証、玉のような汗が滲み出ていた。
 裕奈との会話をしばらく楽しんだ後、今度は屋内プールへとやって来た。と言ってもエミヤはさすがに入るわけにはいかないので外で待機だ。ネギはそれを不思議そうに見ていた。いまいち理解できていないらしい。風化と史伽はわかっているようで、そんな様子のエミヤを散々からかってから中へと入っていった。
「アキラー」
「こ、こんにちはー」
「どうも、ネギ先生。どうしたんですか、こんなところに?」
「いやー、今ネギ先生とエミヤさんを案内しててね。それでこっちに来たんだけど」
 風香のその言葉にアキラはバッと辺りを見渡す。そしてエミヤがいない事を確認して、落胆とも安堵とも似つかぬため息をついた。
 そんなアキラの様子を不思議そうにするネギと水泳部の仲間。だが、風香と史伽の顔はこれ異常ないくらいニヤニヤしていた。俗に言う、イイ、、笑顔というやつである。
「どーしたのアキラー。エミヤさんがいなくてがっかりしたー?」
「ふ、風香っ!」
 顔を真っ赤にしたアキラに怒鳴られ、ピューッと風香は逃げていった。慌ててネギと史伽もその後を追う。史伽はこの後質問攻めに遭うだろうアキラの冥福を祈った。

「・・・・・・さっきから私にとって居心地の悪いところばかり選ばれている気がするのだが気のせいかね?」
「だって女子校なんだから仕方ないじゃん」
「・・・・・・・・・・・・」
「あわ、ネギ先生顔真っ赤ですー」
 ネギたちは屋外の体育系クラブの活動場所へと来ていた。マンモス校の定めというべきか、ここも例外ではないらしい。人数が多すぎてコートが確保できていないのだ。幾つかのグループがコートが空くのを軒下で待っている。
 そしてエミヤたちの前には目下活動中の部活、チアリーディング部が練習をしていた。きっぱりとお色気ムンムンである。エミヤは中学生に欲情することなどないが、きっぱりと居心地が悪い。不審者を見るような目つきでこちらをチラチラと窺ってくる少女達の視線が痛く感じるエミヤだった。
「・・・・・・のぞき?」
「違う!」
 練習を中断したまどかにそう言われ、かなり傷ついたのはエミヤだけの秘密である。


「つ・・・・・・疲れた」
「ああ・・・・・・確かに疲れた」
 あの後食堂棟へ連れて行かれ、やたらとおやつを奢らされたエミヤ。遠慮を知らない鳴滝姉妹にかなり脅威を感じたひと時だった。いったいどれだけお代わりを注文すれば気が済むというのだろうか。
 ネギとエミヤは疲労困憊の極みだった。歩くだけならともかく、やたらと気を使わされる場所へ連れて行かれたのだから仕方がない。
 エミヤは予想できた範囲内ではなんとか回避したが、ネギはそのすべてに引っかかっていたので被害は大きい。もっとも、エミヤは年齢が年齢だけにネギ以上にダメージが大きい場面が多かったが。
 このままソファーで寝てしまいたいがそうもいかない。エミヤはネギを背に負うと明日菜と木乃香の部屋まで送り届け、部屋に戻ってから夕食の準備を始めた。

「お邪魔しまーす、エミヤさん」
 しばらく調理をしていると部活を終えた裕奈が入ってきた。手には食材が入ったナイロン袋が一つ。
「まき絵と亜子は遅くなるって。アキラはもうちょっとしたら来ます。あとこれ、今日の食材です」
「ああ、ご苦労様。いつもすまないね」
「いえいえ、美味しいご飯を作ってもらってますから」
 そう、エミヤがさっさと寝ずに夕食を作っている理由はこれである。エミヤの料理に味をしめた少女達が食材を片手に夕食を食べに来るのだ。別に断ってもいいのだが、エミヤとしても自分が作った料理を美味しそうに食べてくれるのは嬉しいので特に止めはしない。最近ではメンバーが固定化されており、裕奈、まき絵、亜子、アキラが毎日のように来ていた。
「それにアキラがここに来ると嬉しそうな顔するんだもんねー・・・・・・」
 裕奈と亜子、まき絵はアキラのエミヤに対する好意に気づいていた。本人にその自覚があるのかどうかは知らないが、傍から見れば一目瞭然である。と言っても、クラスの誰もが気づいているというほどわかりやすいものではないが。
 何はともあれ、親友の恋路は応援したくなるものである。そんなわけで裕奈たちは毎日のようにエミヤの部屋へと夕食を食べに来ているのだ。アキラはあれで恥ずかしがりやなので一人では絶対来ようとはしないだろう。だが私達と一緒ならその限りではない。エミヤと一緒にいればいつか自分の気持ちに気づいてアプローチをするかもしれない。
 親友に対する気遣いと、大部分を占める野次馬根性を活力に、裕奈たちは行動しているのであった。

 閑話休題

 エミヤの料理はいつも通り美味しいものであったことをここに記しておこう。
 アキラがエミヤの顔を見るたびに顔を赤め、それを裕奈たちにからかわれた事も書き留めておく。
 春休みはまだまだ終わらない。