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『3年A組ネギ先生ーっ!!』
麻帆良学園中等部3年A組の教室で大きな歓声が上がった。
・・・・・・金○先生?
駄目だ、聞いてはいけない。
担任であるネギも無事に正式な教師へとなる事ができた。それは3学期の終わりに学園長によって公表されていたが、それでも目の前にその事実があると嬉しいものなのだろう。
ネギも歓迎してくれている3−Aの生徒たちに嬉し涙を堪えている。
(バカどもが・・・・・・)
(アホばっかです・・・・・・)
そんな様子を半ば呆れ、半ば冷めた目で眺めている生徒が二人。
幸いな事にネギはその事に気付くことはなかった。
気付いていたらやはり涙が出てきていただろう。・・・・・・悲しみで。
そんなこんなで熱烈な歓迎を受け、朝のホームルームが開始された。
「―――ん?」
こちらを眺めてくる視線を感じ、ネギは視線を向けた。
そこにいたのは鳴滝姉妹とほとんど変わらない背丈の少女。
その容姿は美少女と言って差し支えないだろう。金糸のような髪を腰の辺りまで伸ばしており、その容貌は可愛らしさの中に全てを客観的に捕らえる事が出来る大人の表情が浮かんでいる。
その少女はつまらなさげな顔をしながらネギの方を見ている。
それに、ネギは何故か寒気を感じた。
少女はネギが視線を向けるのとほぼ同じくらいに視線を逸らした。
エヴァンジュリン・A・K・マクダウェル。
それが少女の名前だった。
名簿の横に“困った時に相談しなさい”とタカミチから書かれている。
それを書いたタカミチの真意を測りかねていると、ガラッという音とともに教室の扉が開いた。
「ネギ先生。今日は身体測定ですよ。3−Aのみんなもすぐ準備してくださいね」
「あ、そうでした。ここでですか? わかりましたしずな先生」
考え事をしているときに突然開いたのでネギは少し驚いた。
それでだろう。
ネギは落ち着きなく生徒の方へ振り向き、
「で、では皆さん。身体測定ですので・・・・・・えと、あのっ、
そう言ってしまった。
言ってからハッとするネギ。
教室にはネギのうっかり言ってしまった言葉にニヤニヤとする生徒たちの顔。
その顔を見て、ネギは自分が失敗したのを察した。
『ネギ先生のエッチ〜〜〜!!』
「うわ〜〜ん。間違えました〜〜〜!」
ネギは大慌てで教室を飛び出した。
・・・・・・ネギは気付いたであろうか。
ネギが飛び出した後にチィッという舌打ちをした生徒がいた事を。
顔を真っ赤に染めながら安堵し、それでいてどこか残念そうな生徒がいた事を。
前者の名を雪広あやか。後者の名を宮崎のどか。
いつかネギの貞操を奪う者の名である。
・・・・・・たぶんね。
「おや?」
「あ、エミヤ」
「どーしてエミヤさんがここにいんのよ?」
身体測定をしている時、和泉亜子が慌てた様子でやってきた。
なんでも、佐々木まき絵が保健室に運び込まれているとの事。
担任としてネギは放っておけるはずもなく、またすでに3−A公認の保護者である明日菜も当然のように保健室へ向かうネギについていった。
保健室の扉を開けると、中にはしずな先生とエミヤが椅子に腰掛けていた。
カーテンで仕切られている向こうのベッドにはまき絵が寝ているのだろう。小さな影が見えていた。
「私がまき絵くんの発見者だからな。門限を過ぎても寮に帰ってこなくてな。心配して探していたら桜通りで眠っていたのでな。念の為こちらへ運んだのだが、まあ風邪を引く前に見つけられてよかっただろう」
(魔力の残滓を感じる)
ネギは突然聞こえてきた念話に驚く。
顔には出さずに、ラインを通じて話しかけてきたエミヤに念話で返事をする。
(どういうこと?)
(首の辺りを見てみろ。小さいが吸血痕が見受けられる。魔力の残滓もそこからだ)
(・・・・・・ホントだ)
確かに首筋に小さくて目立ちにくいが、確かに何かに咬まれた痕があった。
それも二つ。
それだけなら偶然と捉える事もできたが、それに魔力の残滓となるとまず間違いないだろう。
吸血鬼が血を吸った痕、吸血痕である事は疑いようがない。
(学園に吸血鬼がいる?)
(そう考えて相違ないだろう。まき絵くんが
そこで少しだけ顔を歪める。
エミヤは結界を張るという施術は得手ではない。
だがそれでも丁寧に張った結界の中での事件だったので、自分の至らなさを責めているような表情だった。
(
エミヤの言葉の中に聞き慣れぬ単語があり、ネギは問い訊ねる。
(死徒というのは吸血鬼の分類だ。後天的に吸血鬼となったモノを死徒と言い、生まれたときから吸血鬼であるものを真祖と区分する)
両者ともに血を吸う鬼だが、在り方には大きな差が存在する。
死徒は日の光を浴びれば灰化するし、吸血は自身の生存の為に必要不可欠な行為として存在する。
真祖はそれとは違い、日の光を浴びても支障はなく、吸血も一種の娯楽として存在するのみだ。
まあ、血には多分に魔力が含まれているので、何かしらの目的を果たす手段として、効率よく魔力を集めるのに吸血するということもあるのだが。
両者ともに血を吸う時に己の血を相手に流し込む事によって、己の
子が血を吸って集めた力は親の下に行くため、効率よく力を集めるには子を作った方がいいのだが、今回の犯人はそれをしなかった。
何か理由があるのか、それとも作りたくても作れない状況に置かれているのか。
(・・・・・・今夜も出てくるかな?)
(恐らくは)
どちらにせよ今回限りで終わるはずもあるまい。
今夜もどこぞで吸血行為をする事だろう。
「ちょっとネギ、なに黙っちゃってるのよ?」
「あ、はいはい。すみません、アスナさん」
何やら横から話しかけてくる明日菜を適当にあしらいながら、エミヤとネギは会話を続ける。
その仕草に明日菜はちょっとムッとする。
だが、それで怒るのは大人気ないと思ったのか何も言うことはしない。
その明日菜の行動に、エミヤは成長したなと純粋に思った。以前と同じならここで何かしら反応があるのだが。
(・・・・・・僕が今夜見回ってみる)
そう考えていると、ネギから念話が入ってきた。
(手助けは?)
(―――いらない。いつまでもエミヤに頼ってられないよ)
その言葉にエミヤは頬を緩ませる。
まだまだ姉離れはしていないようだが、それでも徐々に一人前の男の顔をするようになってきている。
今も責任感に満ちた教師の顔をしている。
その成長をエミヤは嬉しく思う。
(では私は寮で待機している事にしよう。だが、一人では手に負えないと思ったらラインを通じて連絡してくれ。私は、君の剣なのだから)
(―――ありがとう、エミヤ)
「・・・・・・まき絵さんは心配ありません。ただの貧血かと・・・・・・。それとアスナさん。僕、今日帰りが遅くなりますので、晩ご飯いりませんから」
昼休み。
生徒の多くが腹をすかせて購買や食堂へ行き、残りは持ってきた弁当を広げながら、朝と昼の橋渡しである休みを満喫している。
それは個性は揃いの3−Aでも例外はなく、この時ばかりは彼女たちも大人しく
「コラーッ! それは私が後で食べようと」
「はっはっはっ! 早い者勝ちだよ!」
「あわわわわ」
「―――アホばっかです・・・・・・」
は、できなかったようだ。
やはり、人間、向き不向きというものがあるのだろう。
教室の中には大体の生徒が揃っていた。
ここにいない者は食堂に行っているか、外に出て遊びに興じているか、どちらかだろう。
そして、そのどちらでもないもの。
彼女、桜咲刹那は学園長室へと足を運んでいた。
先日の土蜘蛛の退魔の時に飛んできた矢、それを放った人物について訊ねるためであった。
昨日の報告の際に訊いてもよかったのだが、木乃香が見合いを抜け出してそれを探していたために、そこまで時間が取れなかったのだ。
学園長室の中、刹那と学園長―近衛近右衛門―が対面する。
「フム・・・・・・。誰か他に退魔師を雇っていなかったか、とな? 報告にはそんな話はなかったようじゃが・・・・・・」
「はい。先日はお嬢様の事でお忙しかったようなので、報告は結果だけをさせていただきました」
軽くジト目で学園長を見やる刹那。
「フォッフォッフォッ」
学園長は笑うと明後日の方を向いて誤魔化した。
その立派な後頭部には汗が浮かんでいる。
「まあそれは置いといてじゃな。その・・・・・・矢、じゃったか? それを射った人物じゃが、一人だけ心当たりがあるんじゃが」
「本当ですか!?」
刹那は自分の声が大きくなったのを自覚したのか、顔を赤めながら口調を抑えた。
学園長はうまく誤魔化せたとほっとする。
土蜘蛛を、ただの一撃で葬った矢を放つ人物が気になって仕方がない。
そんな表情をする刹那に学園長は話し始める。
「本当じゃよ。じゃが、残念な事に詳しく話す事はできんの」
「何故ですか!?」
「そういう契約だからじゃ。“自分に関する一切の情報を他に明かさない”それが、彼がこの仕事を引き受ける為に唯一交わした誓約なのじゃよ」
報酬となるようなものも要求されとらん。
そう言った学園長の言葉に刹那は唖然とする。
報酬を要求しない。つまり、全くの無報酬という事だ。
それは普通の退魔師では考えられない事だった。
通常、退魔にはかなりの額の報酬が支払われる。
退魔師自体がそれほど多いものではないし、退魔用の武器とて揃えるのにかなりの金が掛かる。
神鳴流のような例外もあるが、大抵はかなりの額が要求されるのが常なのだ。
実際、刹那とて学園長から幾らかの金銭を貰っている。
それが無報酬。
常識では信じられない話だった。
「・・・・・・いったい、何者なのですか?」
「それには答える事はできんよ。ただ、一つだけ言える事があるの」
「?」
「彼はの・・・・・・」
刹那の頭に疑問符が上がる。
学園長はたっぷりと間を開けて刹那を焦らす。
焦れた刹那が続きを促そうとしたタイミングを見計らって、学園長は続きの言葉を出した。
「―――正義の味方なんじゃよ」
「・・・・・・は?」
刹那の目が点になった。
「フォッフォッフォッ」
そこで学園長はニヤリと笑う。
まるで悪戯好きの少年が飛びっきりの悪戯を成功させた時のような笑い。
刹那は目を点にしたまま固まっている。
思いも寄らなかった言葉に思考が停止しているのだろう。
結局、刹那が己を取り戻したのは昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った時だった。
麻帆良の街に、いつもと同じ夜がやってきた。
かなり発達した都市ではあるが、自然を大切にしている開発計画の為、学園周辺は都市部ほどには明るくない。
街灯がちらほらと辺りを照らすのみだ。
そんな中、宮崎のどかは桜通りを歩いていた。
「こ・・・こわくない〜。こわくないです〜。こわくないかも〜・・・」
明らかに怖いですと言っている顔でそんなことを呟きながら夜道を歩く。
普段ののどかならば別に暗い夜道を歩くくらいなら平気ではある。
だが、今日聞いたばかりの吸血鬼の噂。
それが脳裏から離れず、怖がりであるのどかの恐怖心を煽っている。
「こわっ・・・・・・」
突然強い風が吹き、桜並木が揺れた。
それがいっそうのどかの恐怖心を煽いでいる。
これでもう少し辺りが暗ければさっさと走って寮に戻っている事だろう。
だが今宵は満月。
明るい月明かりが桜通りをくっきりと照らし出している。
「?」
唐突にのどかは足を止めた。
その視線は通りの中央へと向けられている。
そこには月明かりに照らされた街灯の影と―――何かよくわからない人影が存在していた。
恐る恐る影が伸びてきている方へと視線を移す。
そこには、
「27番宮崎のどかか・・・・・・。悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ」
黒い外套に身を包んだ、小さな吸血鬼がこちらに牙を向けて立っていた。
体が立ちすくむ。
生物としての本能が、あれからは決して逃げられないと告げている。
体は圧倒的捕食者を前に萎縮し、脳は目の前の現実を否定しようとして失敗する。
影は外套を広げると、街灯の上から矢のようにのどかへと襲い掛かった。
「きゃああぁぁっ!!」
それに萎縮した体が反応する。
迫り来る牙をどうにか避けようと試みる。
が、縮こまった体ではそれも不可能だった。
瞬きする間に影はのどかの正面へ来るとその牙を突きたてようとして、
「―――
のどかを守るように放たれた風の矢に妨げられた。
「―――っ!?」
降り注ぐ11本の風の矢。
それは影の前にいる少女を避け、回りこむようにして黒衣の影を拘束しようと動く。
影は軽く後方へ跳んで矢から離れながら懐から試験管を取り出した。
「
影を追尾するように追った風の矢は、囁かれた呪文とともに生じた氷の楯によって弾かれた。
試験管に入っていたのは魔法の触媒となるものだったらしい。
初動キーもなしに唱えられた魔法が瞬時に発動して黒衣の影を守ったのだ。
「弾き返した!?」
これに驚いたのは風の矢を放った少年―ネギ―だ。
まさか、不意を突いた魔法があっさりと防がれるとは思わなかったらしい。
のどかは助かった事で気が抜けたのか、避けようとする動作をそのままにあっさりと気絶した。
ネギは倒れたのどかに駆け寄り、彼女を自分の背後へと庇いながら影へと向く。
「―――驚いたぞ。凄まじい魔力だな・・・・・・」
「君は!?」
ネギの魔法は防がれたが、それでも完全には防げなかったのか。
黒い外套に包まれた影の顔を隠していた帽子は外れ、その素顔を月明かりの下へと晒していた。
「エヴァンジュリンさん・・・・・・」
「フフ・・・・・・。こんばんはネギ先生。思ったよりも早かったじゃないか」
出席番号26番エヴァンジュリン・A・K・マクダウェル。
それが、黒衣の影の名前だった。
金髪の少女は風の矢の余波で傷ついた指先を舐めると、ネギを見て不敵に笑った。
「10歳にしてこの力。さすがに
その言葉の意味にネギは驚く。
彼の父親について知っていると言わんばかりの言葉。
それに驚き、体と思考が硬直している間に、エヴァは次の行動に移っていた。
「
放られる二つの試験管。
その中に入っている魔法薬が中空で混ざり、魔法を発動させる触媒と成した。
「うわっ」
不意を打たれたネギはそれを完全には
突き出した左腕の袖が凍りつき、砕け散る。
ぎりぎりだった為に無効化はできなかったが、それでも後ろに倒れているのどかに被害がでなかったのは幸いだったろう。
すでに春になったとはいえ、まだまだ夜は寒いのだ。
裸に剥かれて外に放り出されたら風邪を引いてしまう事だったろう。
「何や今の音!?」
「あっ、ネギ!」
のどかが心配で追ってきたのだろう。
明日菜と木乃香が駆け足で歩いてきていた。
ネギは彼女たちがやってきた事に驚き、反射的にそちらへと顔を向けてしまう。
その隙に、エヴァは抵抗された際に生じた霧に溶け込み、夜の闇へと転進した。
「しまった!?」
ネギは自分の失態を悟った。
ここで逃げられてしまえば彼女はまた吸血を繰り返すだろう。
目的はわからないが、吸血してまで魔力を集めるということはそれなりに大それた事を考えているに違いない。
「アスナさん、このかさん。宮崎さんを頼みます! 僕はこれから事件の犯人を追いますので、心配ないですから先に帰っててください」
魔力を練り上げ集中する。
大気中に存在する数多の風の精霊に呼びかけ、自身の移動速度を上げるように頼む。
空気抵抗を排除し、進行方向へと向けて追い風を発生させる。
「え、ちょっとネギ君・・・・・・」
「頼みます!」
踏み込む。
「ネギく・・・・・・うわっ、はや!?」
「ちょっと、ネギーーーッ!!」
初速から最高速。
一歩で最大速度まで加速し、夜の闇へと逃げたエヴァを追跡する。
見失いはしたが、どの方向へ逃げたかは確認している。
桜通りを抜けた辺りで、ネギはエヴァへと追いついた。
「速い・・・・・・。そう言えば坊やは風が得意だったな」
この速度差では追いつかれると思ったのか、エヴァは身を翻すと柵を飛び越えて空を飛行した。
ネギはそれに驚きつつ、自らも箒にまたがり空へと身を躍らせる。
追跡は空中へと移行した。
「結局、正体は分からず・・・か」
刹那は寮の自室へと戻り、今日の昼休みの出来事を思い出していた。
あの後、高畑先生にも尋ねてみたがその応えは一緒だった。
“矢を放った人物”
それは魔法使いたちにとってかなりの機密になるらしい。
「やはり自分で調べるしか・・・・・・!?」
突然、膨大な魔力の移動を感じ、刹那は己の感覚網を広げた。
・・・・・・遠くに並程度の魔力が二つ。大きな方は・・・・・・真上!?
ハッと上を仰ぎ見る。
それで見えたのは天井だけだが、刹那の霊視には周囲の魔力が集められ収束していくのを捉える事が出来た。
外に飛び出る。
階段は二箇所。そのどちらも近い位置ではない。
急がなければ魔力が集まりきってしまうかもしれない。
これほどの魔力だ。術として放たれれば勿論、暴走しただけでも甚大な被害を被る。
そうなれば下手をすればこの寮は更地。よくて半壊と言ったところだろう。
何故か魔法先生は誰一人として動いてはいない。
刹那が感じ取れていないだけなのか、それとも動かない、動けない理由があるのか。
最悪の場合を想定して動かなければならない。
もしこの魔力が悪意ある存在のものだったとしたら大変なことになる。
急いで行く為に刹那は、
自身の魔力を魔術回路に流し、強化の魔術を己の眼球へと使う。
それによって為されるのは視力の向上、動体視力の強化。
はるか遠方を見渡す鷹の眼を得るための魔術行使。
エミヤは女子寮の屋上―屋根上―に立ち、ネギとエヴァの追跡劇を傍観していた。
ネギが一人でやると言ったからにはエミヤに手を出す道理はない。
その身に危機が迫るまでエミヤには手出しは許されないのだ。
今のところネギが優勢のようだが・・・・・・
「あそこにいるのは・・・・・・確か茶々丸と言ったか。ロボットなどはじめて見るが・・・さて」
彼女が出現して状態は逆転した。
ネギは一気に窮地に立たされる。
パートナーがいないネギにとって、前線に立ち魔法使いの詠唱を阻害する戦士の存在はなによりも怖いだろう。
エミヤがある程度体術の手解きはしたとはいえ、それでも
護身術に毛を生やした程度でしかない。
実際、ネギは幾度か茶々丸の攻撃を防ぎはしたが後が続かない。
魔法の詠唱を始めようとしたところで、
「おお・・・・・・。ロケットパンチか。遊び心に溢れたロボットだな」
飛んできた腕によって捕らえられた。
エミヤは始めてみる本物のロケットパンチにちょっと感動したが、なにはともあれマスターの危機である。
建物の下の方に明日菜の姿が見えるが間に合いはすまい。
「さて・・・・・・。では間に合うようにするとしようか」
この状況で求められるのは威力ではなく精密さ。
針の穴を通す以上の精度。
それを為しうる幻想。それを現実へと顕現する。
「<
己の魔力と共に、周囲の魔力を吸い上げて魔術回路へと流し込む。
空想を具現化し、幻想を現実へと作り変える。
その手に握られるのは一つの洋弓。
かつてブリテンの騎士王を守護した円卓の騎士の一人。
トリスタンが手にした“無駄無しの弓”。
それに番えるは・・・・・・先端が吸盤で出来た玩具の矢。
満足に数メートルも飛べばいいような玩具。
一呼吸の打ちに三度放たれたそれは、見事に茶々丸の腕とエヴァの頭に命中した。
エミヤの視界に移っているのは面白いぐらい怒り出すエヴァ。
それを宥めようとする茶々丸。
飛んできた矢の正体に気付いて間合を開けるネギ。
これで明日菜が駆けつけるまでは大丈夫だろう。
そう判断すると、エミヤはその場を後にしようとし・・・・・・
「ところで・・・・・・先ほどからこちらを窺っているようだが。出てきてはどうかね?」
エミヤの死角になっているところに身を隠していた刹那を驚かせた。